にゃんこ三兄弟(三兄妹)

 そういえば、コラムタイトルが「心は日溜りの猫の如く」なのに、猫についてあまり書いていない。猫は日常で、ある意味暇ネタなので書かないまま時が過ぎてしまっている…。

 寒いので猫たちも暖をとるのに必死。
我が家の暖房はガス床暖房。
10
時~18時は切るので、夜や午前の早い時間は床に伸び~~っとしているニャン子たちも、午後は日当たりのいい猫棚(二段になった猫ケージの上に、古いウールの衣類などを広げて寛げるようにしたスペース)に移動しお昼寝。三匹なので真ん中が一番暖かい。しかも体重8キロの黒猫のお腹沿いがベストポジション。団子三兄弟は日常茶飯事、端っこの猫が無理やり二匹の間に割り込んでお供え餅状態、なんて状況もしょっちゅうで、観ていて飽きないニャンコショー。

 しかし、雪が降ったころから都心でも最低気温が氷点下になってきたので、日中用に防寒を、と、ニャンコのために古いウールのショールをソファに敷いてみた。
 ふと見ると、黒猫マルコがショールの上で寛いでいる。
その後、三毛猫ルナが、久々に、頭を下にしておにぎり状態の半眼開け寝。
夜も更ける頃には、三毛猫ステラも加わり、三匹が団子状態。私は座るスペースが無くなり、パソコンデスクへ…。

 三匹とも、保護猫。
この寒空の下、頑張っているニャンコ達の事を思うと心痛むけれど、全部の保護はとてもじゃないけれどできないから、私にできる範囲、この三匹に対しては、健やかに幸せに過ごせるよう、一緒に時を過ごしたいと思っている。

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2012年1月29日記)

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「私だけの香り」和の香り

「私だけの香り」を求めに、今年も銀座の鳩居堂へ。
年に一度開かれる「香りフェア」。

 桐箪笥や和の小物の香り付け用に調合してもらった香り。
防虫効果を高めるため、とリクエストしたほかは、好みのイメージを伝えて、あとは京都から来た作務衣姿の調香担当の人にお任せ。
 初回の香りが気にいり、毎年同じ香りをお願いしている。

 作りたては、それぞれの香りが主張し合って、かなり華やかだ。
それが一週間ぐらいすると馴染み、一月ほどで落ち着いてきて、時を経るごとに香りが混ざり合い、まろやかさを増す。夏が過ぎ一年経つ頃には防虫効果の成分は飛んでしまうが、ベースになる香りは残っているので、下駄箱やニャンコのトイレ回りなど匂いの気になるところに置いたり、二次利用している。

 可愛い柄の袋を選ぶのも楽しみの一つ。
いままでは、初回の袋を使いまわしていたのだけれど、今年は増量したので、にほひ袋も新たに購入。パステルカラーの色違いの兎は迷わず決め、これまでとはチョット違う大人っぽい色調の物もひとつ選んでみた。

 部屋には「私だけの香り」が満ちている…。

 香りを生業にする身としては、
アロマテラピーもリラックスやリフレッシュ効果があるけれど
古来からの和の香りは、「気持ち」を柔らかくほぐしてくれるように感じる。
しかもそれが「私だけの」「私のための」香りであれば、なおさら。

今夜はきっといい夢が見られる、そう思いつつ…。

2012年1月26日記)

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鳩居堂「香りフェア」
2012
年1月27日まで東京銀座4階催事場にて
鳩居堂HP
http://www.kyukyodo.co.jp/index.html

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鷽替え2012


 三年前から通い始めた亀戸天神の「鷽替え」。
雪が降って不浄が払われたかのような清涼な空気に包まれ、亀戸に。
これまで日暮れ時に参拝することが多かったので、眩しい陽射しも新鮮だけれど、なにやらごった返しているのが江戸時代にタイムスリップしたみたいで新鮮だ。お年寄りも多いけれど、カップルも多い。ん?嘘にしたいことがあるのかな…?

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 鷽替えは124日と25日に行われる年中行事。
去年は二日目の25日午後3時過ぎに訪れたので、すでにおおかたの鷽鳥は売切れ、懐中守りを頂いたのだ。
今年は出遅れまいと24日。
お目当ての一番小さいタイプ、初穂料600円の「1号鷽鳥」を頂く。

「一番大きいのは売切れなんだね~」と言う声に、ええ?と一覧を見あげたら、鷽鳥の一番大きなサイズ、10号には「売切申候」の張り紙! 
不景気なこの世の中、高いものから売り切れるなんて!

 この大きな鷽鳥を求める人ってどんな人なんだろう。
何となく、虚を実にする商売の人のような気がするけれど、、、違うかな?

 鷽鳥は、一体一体ご神職が手作りしているので、表情が微妙に違う。
私はいつもつぶらな瞳で見上げている鷽鳥を選ぶ。
鷽鳥は由来書にくるまれて授与される。この由来書には番号が記され、25日夕刻に天神様から授かる「金鷽」番号が当たった人には金鷽が授けられるのだそうだ。
(今年初めてリーフレットを読んで知りました…)

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 でも、選ばれたラッキーじゃなくても、この一年の色んな事を嘘=ポジティブに置き換えて、これからの一年、良くなかったことを踏み板として良い形で進んで行けたらそれで十分、と思う。


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 石灯篭の上にも雪が残り、去年は咲いていた梅もまだ蕾。
寒梅だけが数輪ほころんでいた。折よく天神囃子の笛太鼓…。

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 大太鼓橋の右隅は、社殿をスカイツリー込みでフレームに納めることが出来るベストポジション。今日はスカイツリーでも雪片づけをしたとか。

「今迄のあしきもうそとなり吉(よき)に鳥かへん」
 一年前よりも、嘘にして欲しい事が多い気もする。
ってことは、やっぱり歯車が回って活動が活発になってるから悪しき事も付随して起こるのよね、などと納得し、汚れは今日の雪と共に消し去って。

亀戸天神社HP
http://www.kameidotenjin.or.jp/events/monthly01.html

 


2011年2月24日記)

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雪の朝2012



 朝、カーテンを開けたら眩しい朝日と共に白銀が眼に入ってきた!

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青空に映える白い雪。
2-3
センチほど積もっている模様…。
雪かきをしている人の姿も。


 雪国育ちなので、みぞれは嫌いだけれど白い雪は嬉しい。
雪が大気の塵を包み込んでくれるせいか、空気も清涼で、肌がピリッと引き締まる。

 そういえば、年齢の割には肌が綺麗、と言われることが多いが、おそらく東北暮らしの影響だと思う。日照時間が少なく、陽射しもあまり強くない、そして、冬の雪の保湿とピリッとした空気の収斂効果。―――これが東京だと、雪は降らず空っ風だけなので肌の乾燥が進んでしまうのだ。

 今回の雪は、日中の気温が上がらないため溶けにくそう。ザラメ状態になって残るかもしれない。普通の靴だと滑りやすそうだ。

 さて、空の青さと雪の白さのコントラストを楽しみながら、亀戸天神に鷽替えに行ってこよう!

2012年1月24日記)

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2012年ー辰年の年賀状


          
迎春

                  
2012年元旦

         
新たな年 穏やか 健やかでありますように

          
   ✾



 
旧年は 産業カウンセラー講座でカウンセリングを学びました
良き師の下 集った仲間と 変化に伴う様々な思いに向き合う中
これまでの経験が「いま」に繋がっていることにあらためて気付きました

 
バブル期に青森で社会人スタートし 
下北の取材などを通して
国策に頼らざるを得ない地域格差を目の当りにしたこと

 山形で 東北の豊かな自然の恵みを日々味わう一方
断ち難い“しがらみ”を体感したこと

 
外資系ニュース通信社で 
海外の視点から  経済・エネルギーを捉えたこと…

 
今後は これらの経験と アロマテラピー、カウンセリングを融合し
心が清々しくなるようなメンタルケアを深めたいと考えています
 


 
卯年生まれの私、軽やかに前進しながら
辰年、龍のようにゆっくりと上昇してゆきたい…

 
今年も宜しくお願い申し上げます 


                      
心は日溜りの猫の如く
                      
minako



2012年元旦)

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思いを込めて、ありがとう

 すでに日付けはまたいでるのだけれど、まだバタバタ今年のまとめを書いている私。まさに秋口からのねじの回転加速状況、収まらぬ感じ…。
 とりあえず、30日までに年賀状は出し終え(これは奇跡!いつも大晦日に書いてる!)主要なことは終えた、つもりでいたけれど…。
 今年は来年に向けての仕込みやら、受験!にむけてのあれこれやらがあり。
とりあえず紅白をみつつ仕込みは終えて、さんざん迷ったけどやっぱり新春は着物きたいのでその支度!もう老眼なので半襟つけが以前の二倍ぐらい時間がかかるし、とにかく細かい事が鬱陶しい…。

 でも、ジタバタしている私を、ふーーん、っていう感じで眺めている黒猫マルコや、全然お構いなしに床暖房に長~くなっている三毛猫双子のルナとステラ。

 そう、私だけが、年の瀬、あと数時間、と焦っている…。
とりあえず仕事をやっつけて、ゆく年くる年を観ながら「happy new year!!

スポーンとワインの栓を抜いたけど、ニャン子たちはどこ吹く風で、いつも通り。

 ちょっと贅沢なおつまみがある、いつも通りの夜。
 いつもの 黒猫サンマルコと、三毛猫双子のルナとステラ。

 一番の大晦日、と思う。

 2011年の年越し。
色々な思いが交錯しつつ
今ここで三匹の愛猫と穏やかに過ごせることに感謝しつつ。
チョット思いがこみ上げつつ…。

2011
年、ありがとうございました。

2011年12月31日記)

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深川の三の酉

 今年は三の酉まである。
 一の酉で、大鳥神社の可愛い熊手を頂き、お参りも済ませたのだが、日の高いうちだったので、お祭りの風情はいまひとつ。で、日が暮れてから三の酉にも詣でてみた。
 てらてらした明かりに大小の熊手がきらびやか。けっこうな人出で、富岡八幡には参拝客の行列。やっぱり夜の方が御祭りは賑やかだ。

 熊手を買う人は、屋台を決めている人が多いのだろう。
「今年もよろしく、後で来ますから」と、古い熊手を納める前に、売り子さんに声をかける人もいる。

 一の酉の112日に買ったのは、去年と同じ升付きの熊手。
 そしてそのあと、とんとん拍子に良い知らせが!

 今年は、去年より一歩前進。
 いままで止まっていた歯車がゆっくり動き始めている。小さな歯車の活動が活発になって、大きな歯車の速度がだんだん増しているのを感じている。

 いっそ御祝に参道で熊手を買っちゃおうかな、とも思ったけれど、すでに熊手が福を集めはじめてくれたのだから、この一年はチビ熊手に運を託し、来年、招き猫の熊手を買うと心に決めた。

 シャンシャンそーれ!シャンシャンそおーれ!
シャンシャンそれっそれっそれっ!

 手拍子に送られ、晴れやかな気持ちで、きらびやかな熊手を掲げ参道をゆく自分を想像しながら…。

20111126日記)

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産業カウンセラー~実技合格

 10月の初旬、(実質)実技試験があってから約1ヵ月。
1115日に一斉に投函します」とのお達しだったので、江東区は翌日の午後遅い時間に到着かな~、と3時ごろポストを覗きに行く。
あらら、速達。ってことは午前に着いてたのね。

 エレベーターの中で透かして見ても、今流行り?の、べりっとはがす葉書状の書簡なので良く分からない。
 部屋ではがしてみたら、長ったらしい文章で読んでも受かったかどうか一目で分からなかったけど、「免除申請番号 ++~」と大きく書いてあったので、合格!

 カウンセラーの実技試験ほど、合否が分からないものは無いと思う。
面談当日にならないと相手がどんな相談をするか分からないし、自分の調子の良し悪しもあるだろう。
 私は、聴く仕事はしていたけれど、なるべく前職のスキルにとらわれず、素直に相手に向き合い、話を聴き、相手の呼吸に合わせて、話しやすいように、話してもらえるよう心掛けた。たった10分の実技なので、深い話にまでは持ってゆけない。なので、とにかく、その時その人が話したいことは何か、話しやすい状況を、と。さらに、私の場合は、頭で状況を色々判断しがちなので、その時の雰囲気を大切にして、あまり頭で処理せずに気持ちで受け止めるよう心掛けてみた。

 「実技試験免除=実技合格」
とりあえず、その時の実技状況は悪くなかった、と言うことなのだと思う。

 でも、前回も書いたけれど、これは始まり。
同じカウンセリングは二度とない。
でもこれ、放送の仕事と似てる、と思う。
同じ生放送は二度とないから…。

 色んな事が繋がってゆく。
そして、これからの12年間が動き始めた予感。
兎年の、ノベッロ。

20111116日記)

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カウンセラー講座 終りは始まり

 1025日、産業カウンセラー講座が終了。

 この日は、総仕上げとして約50分のカウンセリングを実施。
面白いことに、50分ほど話すと、ある程度クライアントの気持ちが落ち着くと言うか、チョットした落とし所に行きつくようだ。それをカウンセラーは傾聴し、相手の気持ちの動きに沿って質問を投げかけたり、前進するためのステップを探ったりしてゆく。疲れた、と言う人もいたが、意外と疲れず、時間があっという間に経ってしまったと言うのが実感だ。ただ、相手の気持ちの深層まで至るには、まだまだ研鑽をつまなくてはいけないな、というのも痛感した。

 修了式では、名簿で筆頭のため、グループ代表として修了証を受け取ることに。
 多分、高校の部活で表彰されて以来の代表授与、チョット緊張。
けれど、先生、お約束の「名前読み間違い」連発で、チョット笑い。

 講座を申し込んだときは、まさか311の天災が起こるとは想像だにしていなかった。さらに、復興は長引くとは思ったけれど、原発被害が収束の目途もままならないとは。そんな中、初めて顔を合わせ、トレーニングのためとはいえ、実習の度に、互いの悩みをカウンセリングしあってきた仲間。否が応でもこの7ヶ月間でリレーションが出来、おそらく、カウンセリングで一番大切とされ、また、人間関係で一番重要な「ラ・ポール」(信頼)も知らず知らずに築けたのだろう。
 
 講座は終わったけれど、これからがそれぞれのカウンセラー修行の始まり。
 最後は、この講座で感じとった互いの印象を、一人一人に餞(はなむけ)として贈り合った。

私に贈られた言葉で圧倒的に多かったのは、『気配り・気遣い』。
そして、『知的・冷静』、『(アロマの)癒し』、という三つ。

 ある女性が、「こんな女になりたい、という目標が出来ました」と仰天発言!
こんな女お手本にしていいの~?と思いつつ、「貴女は良きパートナーもいるから私よりずっとイイ女になれるよ」と太鼓判を押して差し上げた(?!)

 打ち上げで恩師が、こんなことを言っていた。
「気配りが出来ないのはヤボ。でも、気配りを感じさせるのはもっとヤボ。江戸っ子にとって野暮と言われるのは馬鹿と言われるのと同じ。気配りと感じさせないように気を配るのが粋ってもんだ」

 うにゃにゃにゃ…。まだまだ修行が足らにゃ~い…。

 これからの目標は「粋に生きる」!



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学びの秋

 アロマテラピーを学んだ学校から、インターン受講の合格の知らせ。
10
4日、講習会に出席してきた。

 先月末の台風の最中、面接試験に同席した二人も無事合格で顔を合わせ、説明やら、ワークやらで、あっという間の4時間。目標も環境も色々だけれど、熱意だけは同じくアツい人の集まりで、パワーに押されたか、正直、ぐったり…。

 「聴講生ですが、冒頭では“先生”として紹介します。」

 にゃにゃ~~ん、これは教育実習よりも強烈かも。

 でも、確かに私自身も、数年前、アロマ基礎講座を受講した時、聴講生と思しき方を、いわゆる「助手さん」だと思い、アレコレ質問したものだった。そして!二人いた「助手さん」の一人は、命令形でモノを言う人だったので吃驚した事を思い出した。(その方は無事実習を合格したのかしら…)

 春から学んでいるカウンセラーの講座も佳境で、実は来週が実技の最終チェック。そちらに向けても気持ちをフラットに持っておきたい。

 そのあとすぐに始まるアロマテラピーのインターン講習。
ピヨピヨさんからの質問に向け、テキストを読み直し中…。

 思い返せば、いつもこの時期になると、歯車が新たに回り始めると言うか、ホントにやりたいことに向かって忙しさに拍車がかかる気がする。
 
 40後半、あらファイブにして 大学生より忙しそうな学びの秋。

201110月6日記)

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まさに野分の15号

 日付けが変わろうとする頃、暴風が収まり、秋虫の控えめな声が聞こえてきた。
 
 

 それにしてもすごかった。

 21日午後に関東地方を襲った台風15号。
 この日はアロマ関連の面接試験日だった。
午前はそれほど風雨も強くなかったので、早め到着で、面接も無事終了。
帰宅する途中、風雨が激しくなりアスファルトの道路が真っ白。でも、まだ傘がさせただけ幸いかもしれない。午後、部屋の中でも風が唸る音が響いていた。
 震災以来、猫的本能に従い、天気の悪い時は極力遠出を避けている。
東西線沿線なので、雨の影響をもろに受ける。
帰宅困難になるのは何としてでも避けたかったので、友人との午後の予定はキャンセルさせてもらい、早めの帰宅&自宅待機にしたのが幸いした。

 受験者の中には、遠方静岡から訪れた人もいたそうで、無事帰れたのかどうか…。

 前夜、何だか色々思うところあり、遅くまで考え事をして、何やら目が腫れたまま臨んだ面接。でも、面接官とのやり取りは噛み合っているように感じられたので、大丈夫かなぁ、多分大丈夫でしょう、うん、大丈夫、と自分に言い聞かせて、週末の結果待ち。

 ふと気付くと、仲秋に飾った薄が開いていた。

 野分。
ここから新たな季節に進んでゆく。

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2011年9月2125時記)

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911の香り

 震災半年の911日。
思ったより暑くて湿気があるので、香を焚くことにした。
季節替わりのこの時期なので、甘い香りの沈香。
 246分に黙祷。

 そしてこの日は911。

 丁度十年前の夜、NHKを観ていたら映像が切り替わり、WTCに斜めに飛行機が突っ込み、え、何?と思った間もなく2機目も突っ込んで、これは有事だと直感した。
 丁度その日は親知らずを抜く手術、翌日は病欠するはずだったけれど、いても経ってもいられず出社して、マーケットの状況を報じたのだ。

 あれから十年。

 観るともなしにBSでセレモニーを観ているうち、気持ちが悪くなってチャンネルを切った。
 本当は、911がらみで、キッチリこのウェブコラムも書きたかったのだが、書きすすめなかった。書きたいことは沢山あるのだけれど、タイプできないのだ。
 きっとそんな思いの人が世界のここかしこにいるのだと思う。

 日中、これまで灯したキャンドルの残りを集めて、アロマエッセンスを加え911キャンドルを作ってみた。
 香りは、「メリッサ」。
 レモンバーム由来の香りで、はちみつのような甘い優しい香りがする。
精神的に落ち込んだり、親しい人が無くなって意気消沈している時に、とても効果のある香り。ただ、皮膚刺激が強いので、直接肌につけるより、間接的に香りを感じる方が有用だ。

 被災者の皆さんと、911に捧げる灯火は、
深夜を過ぎたいまもなお、メリッサの甘い香りを放ち、明々と灯っている。

201191125時記)

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ペンを捨てよ?

 母校でアロマの試験を受けてきた。
びっしり二時間記述の問題を解くのに頭と利き手をフル稼働。
終わった後は、右手がだるかった…。

 漢字を忘れてるね、と、友人と嘆きあう。

 このコラムなどおおよその文章はPC頼みなので、誤字脱字ないよう「パソコン大王」に漢字を出してもらっている形。唯一のこだわりとして、日記は手書き。三年前からは古い万年筆で綴っている。

 しかし!

 日付けまたぐ頃、日記をつけていたら、指が青く染まった。
ここ数日、万年筆のインク漏れが酷いなぁと思っていたのだが、何と、壊れていた!金の留め金が外れている…。
 何でこんな金が高騰してる時に壊れるのよ、と悪態をつきつつ、これって、私に対して、もうペンを置けってことなのかな、と穿ってみたりする。

 でもそれでもいいのかな。
この半年で、発信する役目を達成したような気もする。
ある意味、今月は、境目の月なのかもしれない。
 
 …などと、わりと本気で考えたりする自分が恐い。

2011年9月2日25時記)

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どぜうではなく狸でしょ

 組閣。

 正直、余り興味が無い。
 市井は、向かい来る台風でどのぐらい汚染された土壌が撒き散らされるかの方が心配。もう、色んな情報で東京での汚染が酷い事も分かってきてる。
 
 そんな中、ドジョウが出てきて宜しく、って言われても…。

 はっきり言って、どうでもいいので、早く、汚いものを一つのところにまとめてキッチリ管理する制度を固めて欲しい。それを受け入れる自治体は、現時点では当然皆無。それを考えれば、今後、ごみを排出するようなエネルギーは要らないってことにつながるのでは?けれど、豊かさを守りたい、経済を守りたいって言って、原発を勧めたと言う人が未だにいる。そういう人は、きまって、30年後にはこの世にはいない年齢だ。その人たちのために権益を守るのか、未来の子供たちのために、自然を守るのか。
 それをあなたは明言できますか?

 新しい首相になる人、何となく狸っぽい。
風体もそうだけれど、権謀術数に長けてる感じ。これからお手並み拝見だけれど、明日明後日に迫ってる台風が巻きあげる汚染土に恐々としている市井の温度を感じられるかどうかが勝負。出身の千葉も高濃度汚染地があちこちにあるのだから。

 書きたいことは沢山あるけれど、この二年間、折に触れ書いて疲れた、というのが正直なところ。若手議員に引き継ぐと言った菅さん、候補に70代がいたり、引き継いだ人が自らドジョウと名乗ったり、それを受け止める国民の気持ちになってちょうだい。発言した本人は自己を卑下して笑いを取ればいいけれど、ドジョウを首相にもつ国民の気持ち、分かります?
(これは、ドジョウ発言を褒め称え取り上げるマスコミも同様)…。
 米報道官同様、国民は冷笑し、やりすごすしか術が無い。

 今、は、とりあえずしょうがないのかな、と妥協しよう。
デモ、本心は、菅さんが明言した「若い息吹」に政権を託したい。
それは、世代交代だけではなく、これまでのしがらみや既得権益を断ち切った清涼な風を迎え入れたいがためだ。

 私は、5年後を待ちたいと思う。
この大震災や原発問題を目の当たりにした若者が、政治を志し、強靭なリーダーシップでこの国を立て直そうとしてくれると信じている。

 半年前までは草食系などと揶揄された若者たちだが、この半年の活動は目を見張るものがあった。私は認識を改めた。
 震災にまつわる体験は血となり肉となり、その人の哲学となってゆく。そして、バブルのころの政治家を追い抜いてゆくだろう。

 5年後の震災世代を応援したい。

2011年8月31日 26時記)

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亀戸天神献灯明-2011

 亀戸天神の例大祭・献灯明。
二年ぶりに御案内はがきを頂いたので、母と夕涼みがてら参拝した。
藤の花募金をきっかけにおととし参加。
夏の夜を静かに送る静かな祀りに魅了されて、今回も。

 おととしより灯明が多い気がする。
社殿では祭礼が行われていて、それを終えた皆さんが提灯を携えて新地池を取り巻くぼんぼりに灯火をともしてゆく。

 この日は社殿も解放されている。
母と玉串を捧げ、平安を祈願した。

 

鳥居を潜ってすぐの太鼓橋のてっぺんが、何故か灯明が少なくて寂しかったので、その頂に母と私の献灯明を括る。おととしは確か和蝋燭だったと思うけれど、今年はティーライトキャンドルになっていた。確かにこちらの方が安定感があるかも…、と思う横で、多分、町会の子供会かな、「紐が燃えてる!」「ねー、こっち、消えてるのがあるよー」など、かしましく、ほほえましい。

 おととしは風が無く暑かった。
今年は程よく風もあり、運よく蚊にもさされなかった。
ゆっくりと新地池のほとりを散策し、ゆらゆら揺れる池の水面の献灯明も堪能した。

「震災地の方が夏祭りをやっていて」
と、若い女性の声。
どうも、自分たちの企業?が、早々に夏祭りの自粛を決めたことを嘆いている模様。
「慰霊の意味でもやった方が良いと思ったんだけど、会社の方針で」
「主張すれば良かったのに」
「でもあの状況では主張しても」
「万が一ということも考えたんだと思うしね」
「人がたくさん集まっている時に何かあったらどうするの、って事もあるし」
「確かに、帰れなくなったりしたら大変だしね」

 ほんと、花見の時期は自粛ムードたけなわだったし、何となく世紀末みたいな雰囲気も漂っていた。都心部では、震災後早々、祀りの縮小や中止を決めたところが多い。

「こうして参加してみると、やっぱりやった方がよかったよね」

 今、間もなく半年を迎えようとして、色々不安はあるけれど、気持ちはやや平常に戻りつつある。
一方で、このまま何事もなく、と願いつつ、何事もないわけはない、とも思っている。
そんな精神的なアンバランスが、おそらく10年単位で続くのだろうな、と感じる。厳しい精神状態と長く付き合わなくてはいけないのだ…。

 灯火だけの静かな祭り、献灯明。
二回目の参加にして、その本来の意味を味わえたような気がした。

*写真は後日アップ予定

2011年8月26日午前2時記)

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アロマでメンタルヘルスケア

 今期学んでいるカウンセリング講座の、メンタルヘルスケアの授業で、ストレス解消の一例としてアロマも項目として取り上げられ、ほおー、市民権を得ているのだなぁと実感した。
 講座の後、ラベンダーの精油をティッシュに含ませて回してくれたのは素晴らしい!けれど、解説なしだったので興味ある人だけ香りを楽しんで、と言う感じのようで…。私は後ろに座っていたので、途中でティッシュは不明になってしまい回ってこなかったのはちょっと残念…。

 アロマは香りなので、書物の上で「精神的にも身体的にも効用あり…」などと記されていても、体感できなければその良さが分からない。
 せっかくなので、ラベンダーのみならず多種あるメンタルケア向けの精油を、向上心あふれるクラスメートに紹介しようと、カウンセリング講座のお昼休みを利用して、ミニ・アロマ講習を自主企画してみた。

 ムエットに香りを含ませて、簡単なエピソードを紹介しながらテイスティング。 カウンセラーを目指す皆さんなので、目がきらきら。初めての香りには興味津津。一般の講座よりも、質問も多種多様なので、忙しい。(これに対応するのが今後の私の課題、かな…)

 そして、好みの香りでバスソルト作り。
「え、何種類も使っていいの?」の声もあり、大はしゃぎで色々ブレンド。
日常生活で、プロじゃない人がアロマ精油を買うとしたら、好きな香りを1~2種しか買わないだろう。今回、あえて珍しい香りを数種類リストに加えたので、皆さん「ブレンド」が新鮮だった模様。

 残り香漂う教室では、午後の授業もいつものまったり感が払拭され、いい感じの「やる気」が満ちている気がしたのでした。

2011年8月25日記)

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終戦記念日に思うこと

 酷暑の東京で、815日を迎えた。
正午、洗い物の手を止めて、一分間の黙祷。

 今年4月から何回目の黙祷なのだろうか。

 いつもなら、平和や戦争のない世界への誓いを新たにする節目だけれど、今年は大震災への復興と共に、ある意味、核エネルギー縮小への願いも込めた人も多かったかと思われる。

 「頑張れ日本」と、戦後の復興と同じように語られていたのは、震災1カ月ぐらいまでのことだったろうか。その後、都心は日常を取り戻せたし、被害が少なくインフラが回復できた地方都市も徐々に復旧してはきた…。スローガンは「頑張れ」から「カンバロウ」になった。でも、日常を取り戻せない人々もいる。ガンバりたくとも何ともできない…。一律に復興できないのが現状なのだ。

 戦後の復興と異なるのは、誰がどう見ても、この「地域差・温度差」なのだと思う。

 未だに戦後復興と同じように語られがちだが、戦後、日本全土が「もう戦争は起こさない」「平和な中、ゼロからまた日本を起こそう」「以前のようにアジアナンバーワンを取り戻そう」、と裸一貫から一念発起した戦後とは、個々の感情も取り巻く海外事情も違う。

 なにより、日本全土が、エネルギー政策を見直そう、と一丸になれない。
豊かな生活を捨てられない、経済は何よりも(人よりも?)優先すべき、と言う人もいる。
価値観が多様化している中で起こった震災、そして復興。
なので、戦後と同じように、国民一律には括れない。

 私は、かねてからこのコラムでも記しているように、日本が経済でナンバーワンになるより、子供たちが豊かに暮らせる日本であって欲しい。
 豊かな自然の下で、美味しい水を飲み、美味しいお米を食み、美しい花を愛で、大地を駆け巡り、木立の下で憩う、古来からの日本の精神を全うするような土壌を維持したい。これは、おそらく、戦争が終わった後、多くの国民が願ったことだと思う
 そして、高度成長期に、徐々に失われて行った精神だと思う。

 これからの豊かさは、今までの豊かさ・貧しさの秤でははかれない。
戦後の豊かさと、今後の豊かさはイコールではないような気がする。
 そして、これが重要なのだが、今後の豊かさを決めるのは、10年後、20年後、30年後…。もっといえば、今の子供たちのそのまた子供たちだ。
 だから、今、子供たちを守りたい。

 もしかしたら、今がその軌道修正の最後のチャンスなのかもしれない。
だからこそ、経済より、子供たちのために、未来のために、日本を…。
そんな思いで、この拙いコラムを綴ってゆく。

2011年8月16日2時出稿)

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東北の祭り2011

 震災5ヵ月目。

 黙祷の前に、少し甘い香りの松栄堂の香を焚いた。
まだそのバニラのような香りが漂っている。

 湿度の高い日本の夏は、香が合う。
夏でも夜は冷え込み湿度が低い欧州でアロマテラピーが、高温多湿のインドや東南アジア中心に香が発達したのは、土地の気候風土にかなっていると思う。

 新盆を迎える人が多いかと思う。
まだ悲しみはいえないと思うけれど、涙に暮れていた時期は、幸い、過ぎているのではないだろうか。故人の下に集う人たちと、楽しかった思い出を沢山語れば、故人も雲の上で微笑みながら耳をかたむけるに違いない。

 私は東北の祭りが好きだ。

 普段は寡黙で働き者の東北人が、人が変わったようにエネルギーを爆発させる、その迫力に圧倒される。逆に、日々黙々と就労しているのは、この日のためなのかもしれない。それは誰にも抑えることは出来ない、東北の人が蓄えている精神力なのだ。
 規模は縮小されても、祭りや花火が執り行えて本当に良かったと心から思う。

 今年はまだ哀しさの方が先に立つかもしれないけれど、来年の夏、去年は大変だったよね、と笑いながら、ちょっと涙も流しながら、祭りの明かりや花火を一つ乗り越えた気持ちで眺められることを心から願っている。

2011年8月11日記)

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酷暑の深川・夕涼み猫

 東京に再び酷暑が戻ってきた。
幸い、西側の部屋は比較的しのぎやすいうえ、ベランダと玄関周りの通路にうち水をすると、それなりに気温が下がるらしく、ニャン子たちも心地よさげにシエスタ…。

 陽射しが若干弱まる4時ごろから、お散歩がてら買い物に。

 マンションに引っ越す前の深川・下町の路地裏アパートが何となく懐かしく、以前住んでいた界隈を散策してみた。
このあたりは、古くから住む人が多く、ほとんどが顔なじみ。
昭和40年代、いえ、もっと以前かもしれない、間借りのアパートも結構沢山ある。イメージ的に暑苦しそうだし、当時より今の東京は気温が数度上昇しているから、暑いことは間違いない。けれど、昭和の時代の建築なので、玄関を開放して各部屋の窓を開ければ風が抜けるように設計してある。国民的に節電モードの現在では、かえって風通しが良くてエコかもしれない。

 かつて住んでいた住まいのある路地へ。
アパートの向かいの一軒家が忽然と消えていて、更地が広がっていた。
間口の広い平屋建てで、夏場は玄関の戸が半分ぐらい開いていたので、広いたたきが伺えた。たまに、ランニング姿の御老人の新聞を読む後姿が見えていたけれど…。

 

バブル期、このあたりは超高値で取引されたらしい。
でも、頑固な江戸っ子が多いこの地区は、意地でも土地を売らなかったようで、当時建設されたマンションも、いびつな形で民家が食い込んでいることが多い。
それが、世代交代の時期ぐらいから、ぼちぼち更地になったり、デザイナー建築の一戸建てになったり。

 御老人はどうされたか…と、意外に広い更地の青紫蘇を眺めて思いをはせた。

 路地の角を曲がる。
下町には珍しく庭のあるお宅(多分駐車場を庭にしたようだ)を覗いたら、にゃにゃ~ん!ニャンコが二匹、夕涼みしてる!!
 このお宅は猫好きで、当時は野良チャンにご飯をあげていた。
 片やお隣りの老夫婦は猫嫌いらしく、猫よけの網を張り、絵にかいたような猫バトルを繰り広げていた。(ちなみにお嫁さんは猫好き…)
 敷地内で寛いでいる茶トラのニャンコは、私が住んでいた当時の野良チャンにそっくりなので、おそらく末裔。ちゃんと首輪をしていて、しかも、ネームタグと鈴も付けてもらって、大事にされている模様。陽も高いこの時間に、伏せのポーズで寛いでいられるのも、守られている安心感があるからこそ。
 

 良かったにゃん~!

10
年前のいろんな思いを交錯しつつ、深川・下町そぞろ歩き。

2011年8月8日記)

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アナログ終了ー地方局の正念場

 2011724日正午。
NHK
、民放、ケーブル局に至るまで、一斉に、青い画面(テレビ本来の色)に「アナログ放送は終了しました」のテロップ文字を載せた告知画面に切り替わった。
 そして、深夜1158分。
NHK
から日テレにチャンネルを切り替えたら、何やら昭和を感じさせる懐かしいアニメーションの放送終了画面に、これまた昔のアナウンサーっぽい、抑揚を抑えたナレーション「~~長い間ありがとうございました」が流れ、砂の嵐に。

アナログ放送からデジタル放送へ。


 これからは、地方にもキー局の番組が降ってくる。

 ビジネスモデルの崩壊、コストカットの下、ジャーナリズムの志を高く掲げて良質の報道番組を作っていけるか、現状を取り上げつつ、未来志向の情報を発信できるか。勿論、地域への温かなまなざしは欠かせないが、愛されるチャンネル、というだけでは企業として生き残っていけないだろう。

 統合や支局化も避けることは出来ないかもしれない。

 必要なのは、危機管理が出来る経営陣と、理系、文系のバランスが取れた思考で世の中の動きを読める、知性とセンスを併せ持つ人材だ。

 10年後、生き残っているために、これからが地方局の正念場と言えよう。

2011年7月25日記 午前2時出稿)

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サハラガラスの展示会

 秋を思わせるような乾いた風。
きょうは午後から友人のガラス作家の展示会に。
少しひんやりする風をイメージして、ペパーミント色に薄い紫の縞が入った博多の八寸夏帯をお太鼓にして綿麻の浴衣に締めてみた。

 山形時代、尾花沢のガラス工房の吹きガラス教室に毎週通っていた。
そこで助手をしていたのが村山耕二さん。二年ほどで独立し、秋保温泉郷に工房「海馬」を設けて十数年になる。今回の大地震で被害が心配だったが、案内状が届いたので、近況報告がてら会場の「赤坂・遊ギャラリー」へ。

 村山さんのガラスは、世界各地の砂から生まれる。
サハラ砂漠の砂から作ったサハラガラスは、灼熱の砂漠からは想像できない透明感と陰影を併せ持つ緑色。私のセラピールームにもいくつかの作品をオブジェとして飾っているが、ガラスなのに冷たさを感じず、むしろ暖かさと柔らかさを醸し出して、眺めていると穏やかな気持ちになる。

 今回は、大震災で作品の多くが割れてしまったため、6月から窯に火を入れ、猛暑の中で作品に取り組んだそう。ギャラリーには光の屈折が何とも言えないニュアンスを醸し出すもの、ワインが進みそうな繊細なグラスなどが並んでいた。

 宮城県の沿岸部は、大津波で壊滅的な被害を受けたところが多いが、その砂をもとにしたガラス制作に向け、現在、東北大学の専門家と共に取り組んでいるという。砂と、その地域とを結んで、何か発信できないか、と考えているそうだ。

 工房自体も地震で一部損傷したし、作品も大方割れてしまったけれど、未来に向けて創作活動に勤しむ村山さん。丁度、震災の日は、東京から弟子入り志願してきた人と面談していたそうで、「何かそういう縁があったのかなぁ」と語っていた。

「みんなが幸せになるような仕事をしていきたいよね」
ホント、その通り。
 いつもは最新作を「自分への御褒美」&「売上貢献」で購入するのだけれど、今年は残念ながら観るだけ。来年は、美しい光のオブジェをコレクションに加えられるよう、私も生業をしっかり進めて行かなくちゃ。

2011年7月23日記)
村山耕二さんのガラス展「砂の雫」
7月23日~30
赤坂東急プラザ2階「ギャラリー遊」
http://www.akasakayugallery.com/saiji/20110723/index.php

 



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台風一過のマサラ・チャイ

 20日に強風と大雨をもたらした台風6号が通り過ぎ、21日午後は、まだまだ風が強いものの、青空が広がり始めた。
 エコ猫ガーデンの被害状況。
 サヤインゲンの第二弾が15センチほどに育っていたのだが、4本のうち1本が途中からポッキリ(天災)、残りの3本のうち1本を支柱に括りつけようとしたら、作業中にポッキリ、、、これは人災、ごめんニャァ。
 レモン二世のチビ、鉢を下に避難させなかったせいで、強風に煽られ落下・横倒しに(これも人災)。幸い損傷は無かったので、これを機会に鑑賞用に飾り土に植え替えることに。

 台風一過、吹き返しの風も相まって、湿度は何と35%!洗濯物がからからに乾いて気持ちいい。一方で室温は26度。しのぎやすいけれど、このところの猛暑日に慣れた?身体には涼しすぎる温度ともいえる。

 湿気を伴う暑い日は、ミルクティーよりもダージリンのような清涼感のある紅茶をストレートで頂く方がすっきりする。逆に、今日のように、急に気温が下がった日には、こっくりとしたミルクティーが身体を温め、エンジンをかけてくれる。

 先日、友人から貰ったチャイを淹れてみた。
ヨガの修行に行った先で求めたと言うチャイ。
カルダモンやクローブがたっぷり。アニスシードも発見!

 ティースプーン2杯分を煮出して、はちみつを加え、さらにミルクを入れて少し沸騰させる。
良い香りが漂う…。
一口飲んだら、にゃにゃーん!美味しい~!!
ピリッとした刺激はジンジャーかな。
二杯目を味わう頃には、お腹の中から温まり、けだるかった身体が滑らかになった感じがしてきた。
 気温差に身体が付いていけない時は、マサラ・チャイが良さそうだ。

2011年7月21日記)

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脱原発依存ー菅さんお願い

 菅首相が13日、原発依存社会からの脱却を発言した。

 メディアの反応は、一様に鈍かったように感じる。

 世の中ではもう脱原発が主流であり、緩やかな原発廃止はゆきわたっていて、それを今更なぞるように世論を反映した発表をされても、と、大手メディアは批判した。でも…、未だに、「経済活動を支えて日本を繁栄させるためには原発は不可欠だ」と力説する政治家もいる。仮に、二年前の政変がおこっていなかったら、その政権の首相は脱原発依存を発言できるのだろうか。

 勿論、菅さんも政治家だ。
発言の下には保身もあろうし、混沌としたものが蠢いているに違いない。

 そうした政治的な事を踏まえた上で、未来の日本を考えれば、「何をしでかすか分からない代物を繁栄の代償として維持するコストで、未来のエネルギーを開発し、穏やかに暮らしたい」という私の考えにはマッチする。
 タイミングは確かに遅いけれど、菅さんの「脱原発依存」発言は素直に評価したい。

 ただ、もう、タイムリミットは迫っている。

 政治家は時流を読む。
 世の中は、緩やかな脱原発に軸足を移していることを、既に政治家は支持者からの声で知っている。なので、信条とは裏腹に、表向きは脱原発を示さなければ支持されないとそろばんをはじいているそうだ。

 菅さんにお願い。
 
 心底、脱原発依存、緩やかに、そして、確実に、自然エネルギーへと転換してゆく舵取りが出来る、未来志向のバランス感覚あふれる人材に襷を渡して頂きたい。
 間違っても、「隠れ・原発go!」な奴を選ばないで、ね。

2011年7月13日記)

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少しづつでも好い方向に…

 大震災から4カ月目。
日中は勉強会で外出していたので、夕食前に黙祷し、今夜はキャンドルナイト。

 食物連鎖の関係で、とうとう食肉にも影響が。
これも分かっていたことなのに、緩くしか手を打たなかった行政に溜息。

 なんだか、市井が危機感を持って日々過ごしているのに
国を守るべき立場の人たちが、危機感ないみたい。
あるのかもしれないけれど、遅すぎる。

 守りたいのは、何?

 書きたいことは色々あるけれど…。

 また来月、8月11日には、少し良くなったね、という記事をかけますように。
ゆっくりでいいから、少しづつでもいいから、いい方向に進めますように。

minako

2011年7月11日記)

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浴衣でお出かけーほおずき市

 7月9日・10日は東京浅草・浅草寺のほおずき市。
去年も、四万六千日の「この日だけ限定」〝雷除けのお守りを頂きに参拝し、てらてらした灯火の下、威勢のいいほおずき売りの声を聴きながら散策した。
去年は普段着だったので、今年こそ浴衣で、と準備したのは、夏草や雪輪をあしらった綿麻の浴衣、そして、厄年に母が贈ってくれた夏帯。浴衣には扇子よりも団扇かな、と、10年以上前のほおずき市で買った年期の入った団扇を引っ張り出してきた。

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 そういえば、陸前高田へのゆかた支援に、コーマの浴衣とリバーシブルの帯を提供したのは、まだ袷の時期だったっけ…。
 6月18日に開かれたゆかた支援会は開始前から約200人が列をなして開場待ちするほどの盛況ぶりだったそう。娘や孫の分も品定めしたお婆ちゃんや、子ども用の浴衣を探しに来たママさん、などなど、東北の人の着物文化が伺えた。
 浴衣を提供しながらも、「このご時世に浴衣で寛ぐなんて、と思う人もいるんだろうな」との気持ちもよぎった。でも、以前のコラムにも書いたが、東北人は、短い夏だからこそ、夏祭りで盛り上がる。近隣から、遠くから、土地にゆかりのある人が祭りのときだけは戻って一緒に過ごすことも多い。だからこそ、この浴衣で行く夏を惜しみ、今夏を過ごせることを楽しんで欲しいと思ったのだ。

 8月16日の午後には陸前高田で浴衣で和む会、夕方から大船渡で盆踊り大会が開かれると言う。私の浴衣も一役買って喜んでいることだろう。

 このほかの地域でも、ゆかた支援の要請があるようで、あちこちで浴衣や帯、小物の提供を呼び掛けている。もし、袖を通さない浴衣があったら、近くのボランティア団体などに提供してみては如何?
 
 さて、そろそろ浴衣に着替えて夕涼みに出かけようかな。

2011年7月10日記)

 

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富士浅間神社の大蛇守ー深川のお山開き

 7月1日は富士山のお山開き。
地元深川、富岡八幡宮にある富士浅間神社でも、例大祭が行われる。
八幡宮の月次祭のあと、御開帳した富士浅間神社に参拝した。
酉の市には三つの社が御開帳するので、必ず参拝するのだけれど、7月1日に詣でたのは初めてのこと。
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 お山開きのこの日だけ授かることが出来る「大蛇守」。
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 もともとの縁起は江戸時代に流行った疫病除けとのことだが、現在は身体健康の御利益があるそうだ。白い蛇を和紙で模した御幣と、藁を梢に括りつけたものがある。いずれも御利益は同じだが、藁細工のお守りは、蛇口に下げるのが本来の祀り方だとか。水事情が悪かった頃は、夏場は水が傷みやすくお腹を壊すこともあったし、疫病は汚れた水によることも多い。水を清めて病気を封じる、ということなのだろう。

 ただでさえ水が心配なこのご時世。
 「一年に一度、この日だけ」に弱い私は、健康を気遣っている青森の友の分も頂戴した。枝ぶりも違えば、藁の巻き方も一つ一つ違う。

 お社の左手裏には、富士山の溶岩を積み重ねたかわいらしい塚がある。
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 浮世絵「江戸名所図会」の「深川八まん山ひらき」に描かれた深川富士は、江戸時代の富士信仰の流行?を受け、かつての永代寺の庭園に設けられたもので、現在は残っていない。この神社裏のミニ富士は、最近のものらしい。

 大蛇守りを蛇口に括りつけてみた。
ビルトイン浄水器の蛇口にも意外と馴染む。
いや、むしろ蛇っぽいデザインの蛇口だから?
短冊がゆらりと揺れ、七夕みたいで嬉しい。
清められた気分で、汲み置き用の水を準備しよう!
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2011年7月1日記)


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平泉が世界遺産!兵の夢と後

 小笠原に続きユネスコの世界遺産に平泉が決定!

 東北ベースのminakoとしてはこれは手放しに嬉しい!

 東北人は「選ばれること」「表彰されること」が何よりの誇りだから、この後しばらくは気持ちが高揚し、やる気が出てくると思う。まさに凱旋気分。
故郷が世界に認められたこと、これから、いろんな国の人がやってくるとの期待で湧くと思う。
 今この瞬間は、選ばれた喜びに酔い痴れたい。

 数日経ったら、まだ遅々として進まない復興に向け、市民レベルで、今後の夢をディスカッションして頂きたい。高揚した気分は夢でしかない。ニュースに浮かれた観光客を受け入れるだけでは、今までの普通の東北の観光地の一途を辿るだけだ。世界遺産に選ばれた事に対するお祭り気分が覚醒した後、これは、未来に向けた遺産への責任も課せられたのだと、しっかり感じて、数十年後も見込んだ保護に向けて取り組んで行って欲しい。

 世界遺産は、観光誘致のものではなく、未来の子供たちへ、その遺産を託すために維持する目的なのだから。
 
「今」ではなく「未来」、せめて「30年後」の東北のために。
おめでとう、ありがとう、そして、考えよう!

 (2011年6月26日 午前1時記)

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小笠原1997~豊かさの価値

 ユネスコの世界遺産に小笠原が登録されることが正式に決定した。

 1997年9月に訪ねた小笠原の風景が蘇った。

 ダイビングが目的の一人旅。
でも、抜群の透明度の海の中、素潜りでも十分に色とりどりの魚の群れを眺められることが分かり、旅の後半はもっぱらシュノーケリングを堪能した。

 忘れられないのが、ドルフィンスイム。
イルカの出没ポイントに小型ボートで近づきシュノーケリングをしていると、好奇心旺盛なイルカが近づいてくる。海の中を漂っていたら、5メートルほど先にイルカが!「どうしたの?」とでも言うように小首を傾げたあと、くるりと方向転換して泳ぎ去ってしまった…。数十秒、イルカと見つめあった…、あの不思議な感覚、小首傾げたイルカの表情は今でも鮮明だ。そう、映画『グラン・ブルー』のワンシーンのようだった。
 同じグループの女性が、ボートに戻るのが遅れてしまった。すると、あちこちからイルカが集まってきて、その女性を取り囲み、まるで支えるようなしぐさをしたのだ。私たちは、一体なんだろう、とボートから見詰めるばかり…。
イルカの母性本能で、ボートに戻るのを手助けしようとしていたのだろうか。

あれから14年経ち、テレビも携帯電話も繋がるようになったけれど、未だに小笠原にゆくには、丸一日かけて大海原を航行するほか術がない。
「でも、だからこそ、この島の自然を堪能できるんだよね」
「飛行機であっという間に来られたら、この自然の有難さが分からないかもしれないね」
「それに、この船旅を乗越えてまで小笠原に行きたい!っていう気持ちがない人には来て欲しくないよね」
帰路の小笠原丸で、旅で知り合った友とそんな会話をしたものだ。

 医療や生活の利便性などの問題もあり、住民からは、定期空路を確保して欲しいとの要望も勿論あるだろう。自然に魅せられて住みついた若者との意見の相違があるとも聞く。逆に、観光化による生態系への影響もこれから考えて行かなければならないだろう。

 でも、かつて小笠原で2シップ過ごさせてもらった身としては、類を見ないこの豊かな自然を守ってほしいと切に思う。

 価値観は人それぞれ。ライフスタイルもその人なりに違う。

 私は、便利な生活より、豊かな自然を未来の子供に託したい。

2011年6月25日記)

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エコ猫菜園ーインゲン実る

 緑のカーテンとしてツルを伸ばし、さらに白い可憐な花で和ませてくれているサヤインゲン。
 6月19日、水やりをしていたら、にゃにゃーん!
3センチほどのチビインゲンを発見!
つい先週ぐらいに花開いたように思うけれど、こんなに早く実を成すのね…と感動して見入ってしまった。小さなサヤの中に、これまたちいさな豆が透けて見える。
110620ingen

 1日経ったら少し色が濃くなり、長さも伸びた模様。

 第3弾のルッコラとはつか大根は、いま、摘まみ菜の時期。
はつか大根は相変わらず丸くならないので、もっぱら葉っぱのみサラダ用。
暫くは、摘まみ菜ルッコラのピリッとしたサラダを楽しめそう。

 美味しく楽しいエコ猫生活。
ちょっとでも地球が健やかになってくれると嬉しいな。

 インゲンが食卓に上る日を楽しみに。

心は日溜りの猫の如く
2011年6月20日記)

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ニュースが伝えるべき事

 仕事で、大阪の人と一緒になった。
「東京はあっついですねー」
地下鉄に乗ったら窓があいていて外気を取り込んでいたのに吃驚したとのこと。大阪からの新幹線の中は、皆、関西仕様?の長袖シャツにスーツ姿のビジネスマンがほとんどだったのに、東京駅に着いたら、スーツ姿なんて皆無、皆軽装、余りの暑さに、早々に半袖に着替えたそう。
「大阪も、徐々に節電してますけど、東京がこれほど徹底してるとは思いませんでした~」

 東京暮らしの私たちにとって、震災直後から既に節電モードに入っていて、特に違和感もなく、むしろ、以前より灯りが点っていたりすると、もっと節電できるのでは、なんて感じるぐらいなのだけれど、大阪人にとっては、東京の「いま」を目の当たりにして驚きを隠せない風…。

 西の地方では、東日本大震災のニュースはどのように報じられているのだろう。この震災は、関東圏も大きな被害をこうむり、さらに原発被害もどんどん関東圏に広がってきているので、ニュースの大半は震災・原発関連で占められるけれど、関西圏では関西のニュースの後にチョコっと報じる程度なのだろうか。
 同じ日本でありながら、報道される内容に地域差があることに違和感を抱く。

 震災から100日目を迎え、ようやく福島県が、県民全員を対象にした健康調査を始めることを決めた。ただ、実際に始めるのは今月末からで、一斉に始めるわけではない。あまりにものんびりしすぎてやしないだろうか。既に3カ月もの間、過酷な状況の下生活しているし、そのような状況に耐えられず、自ら、子どもを守るために自主的に他県へ避難した家族もいる。これからもっと増えてゆくだろう。その人たちには健康調査は施されるのだろうか。

 6月10日に、福島のお母さんたちを招いた講演会に参加し、子どもたちが置かれている現状を聴いてきた。
 福島では、「がんばろう福島キャンペーン」が展開されているため、店頭には県産品しか並んでおらず、子どもたちのために北海道や西の野菜を買いたくても手に入りにくい。
 県外からの疎開受け入れの情報は、県や市の広報には載らないし、地元メディアも伝えないので、ネットで調べるしかない。
 子供たちにヨウ素剤が配られるのは、50ミリシーベルトになった時。服用は100ミリシーベルトを超えた時。(!!)

 他にも吃驚するような話が沢山あったけれど、そうした事実を国内の大きなメディアはほとんど報じないし、扱いが小さい。
どこも同じトーンの論調で、終わったことを伝えているように感じられてならない。
こんな大震災が起こった後なのに、独自ネタが異様に少ないのも気になる。

 今動いている事実、「真実を伝える」のがニュースなのに…。

2011年6月18日記)  

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