金環食~心で感じた宇宙の力

 金環食は御天気次第、と思っていたが、雲の合間から太陽が覗いたり隠れたり。
観られるような予感を抱いて、7時半からベランダにスタンバイ。
7時前から上部が欠けていた太陽、薄雲の中で、徐々にリングになってゆく様子を、この眼でしっかりと拝むことが出来た!

 その瞬間は、まさに「ああ、、、」という言葉にならない溜息と共に。
気持ちだけで、その素晴らしさ、神々しさ、美しさ、宇宙の力を受け止めていた。
 都会の真ん中、ビルの上に登ってゆく御日様が創り出すリング。
 頭の中で、色々な事を考えたり、祈ったり、願をかけることすらせず、ひたすら、引き寄せられるようにその一瞬に集中していた。
 無垢な気持ちで、ただただ、美しいリングを見詰めていた。

 いつもより一時間も早く眼が覚め、朝から高揚していたのに、夕餉時になっても、何だか元気。気持ちがすっきりしている。
 宇宙のパワーを全身に受けたせいで、新たまったような、清々しい気持ちに戻ったように感じている。

 セラピストに一番大切な、頭で考えるのではなく「心で感じる」ことを、この金環食で体感できたのだ…。

2012521日 記)


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母の日を前に


 今年は513日が母の日。

 保存ものの箱からひょっこり顔をのぞかせている短冊。
あれ?と思って引き出したら、もう10年以上前に取材先で記した句が。

 ―久々の 浴衣の合わせ 母に問うー

 7月ごろの取材だったのだろうか。
川柳作家との対談で、和風の装いで、とのディレクターの申し出から、自前の浴衣を自分で着つけたけれど、何となく襟合わせが反対のような気がする…。とりあえず出社して取材現場に向かったけれど、気になって、公衆電話から母に遠距離電話で襟の合わせを問うと、「それ、反対よ!」!!にゃにゃ~~ん!

 おぼろげだけれど、ロケ先は、神社仏閣だったと思う。
トイレで帯をほどいて着付けなおし。
相手を待たせているし、焦ったことこの上なし…。

 でも、それをネタに、悩むことなく季節の句を読み、川柳の先生にも季節感と家族の暖かさが出ているとの評を頂いた。(一応、日本文学科江戸文学卒…)

 母の日を前にひょっこり顔をのぞかせた短冊。
せっかくだから目立つ所に飾ってみた。

そしてこんな悪戯をしたニャンコ達。
すやすや寝ている寝顔に、チョット感謝。

2012年5月13日記)

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minako’s garden 2012 May


 4月初旬までは、さすがの私も目が回るぐらい忙しく、このコラムどころか、自分のための日記すら一月半書けずにいた。先月後半ぐらいからようやくビジネスのサイクルがつかめたのか、自分の日記も綴り始め、コラムにも向かう余裕が出来てきた。

 連休は心身ともに休養に充てている。

 連休前半は、冬物の整理。今年は寒さが長引いたので、4月も薄手のウールは手放せなかった。さすがに5月からは木綿にバトンタッチしたいので、その入れ替え。
 
 中日の平日は、淡々と仕事。
…のつもりが、急な配置転換の人もいて、送別会などが入ったり。

 連休後半、初日の3日はデトックス。
気持ちも身体もゆっくりさせて、溜まった毒を排出。

 4日(今日)はガーデニング、の予定だったのが、雲行き怪しく、雨が降ってきた。
で、仕方が無いので、PCに向かい、カルチャークラブの7月期のカリキュラムの構想を練り上げる。デトックスの効果か、いろいろアイディアが浮かび、仕事がはかどることに我ながら吃驚。やはり、心身ともに疲れを蓄積させてしまうと、余計なところにエネルギーがいってしまい、うまく回らないものだなぁ、と、実感する。
 カリキュラムがおおよそ仕上がる頃になったら、空が明るくなり日も差してきた。
 5時。あと一時間ぐらいは明るいから、ベランダの掃除だけでも出来るかな。
そう思い立って、約一時間半、落ち葉や雑草の処理、枯れ枝や緑のカーテンの去年のツルの除去、そして側溝に溜まった泥をかき出し、こざっぱりした私のイタリアン・ガーデン。レモンも薔薇もローズマリーも、気持ちよさそう。
 そうそう、このコラムに書こうと思って機を逸していたのだけれど、何と、ルッコラが花を咲かせている~!
 イタリア郊外在住の友人を訪ねた初めてのイタリア旅行で、お土産に買い求めたルッコラの種。去年、久々にベランダ園芸で撒いたら、越冬して、春先は幾度もサラダとして食卓に上った。 4月初旬からにょきにょき伸びて、白い可憐な花が。いまは散り始めているけれど、ここからまた種が採れるのかしら?

 5日は、荒れ模様の連休の中、唯一の好天に恵まれるらしい。
しかも、大安・立夏!
 母と共に、恒例の、亀戸天神の藤まつりに繰り出し、花に生命力を貰い、清らかな気持ちに戻って、帰りは下町グルメを楽しむ予定。

 6日は、新しい週に向けて、カルチャークラブの講義の予習や、ガーデニングの続き(種まきなど)かな。

 人生で一番穏やかに時間を過ごしている、そんな気がする、この連休。

✾心は日溜りの猫の如く✾

201254日 記)



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永代橋の大寒桜2012

 今年は厳冬だったせいで桜の開花がいつもより遅い。
それでも、先月末から連日花見をしている私…。
そう、永代橋の袂桜!
3
28日、ふらりと会いに行くと、すでにほぼ満開!
どう?今年も綺麗でしょ?といわんばかりに私を迎えてくれた。
今年はウグイス色をした小鳥が沢山蜜を吸いに枝から枝へ飛び交う。

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桜越しの永代橋も美しい。

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3
31日の強風にも耐えて、今は少し散り始め。
明日はさらに台風並みの強風が吹き荒れる予報だから、ことしの袂桜はこの日が一番の見頃だったのかも。
願わくば台風も乗り越えて、今少しその艶姿を愛でさせて…。

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2012年4月2日記 写真は328日と29日に撮影)

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311・一周忌~その時私は

 3月11日2時46分。
私は、アロマテラピーの講座を一休みし、受講生と黙祷を捧げた。

 一年前の地震発生当時、自宅で片づけものをしていた。
セラピストとして進む気持ちを固め、通信社時代の資料などを大かた処分し、さて、遅いお昼を、と思った後にぐらりと揺れた。

 抜けるような青空だった。
 片づけものが早く済んでいたら、永代橋の袂の桜まで散歩していたはずだ。
 ベランダから見下ろした川は、ざぶんざぶん波打ってあふれていた。

 色々な思いと共に過ごした一年。

 まだ捨てられない資料や反古が沢山ある。でも、本当に必要なものは、脳裏に刻まれ、地となり肉となり私の中にある。不要と分かっていても捨てられないのは感傷が遮るせい。

 一年後のメモリアル、僭越ながら私が主宰するアロマテラピーのクラスでその日その時を迎えたのは象徴的だと感じている。すでにセラピストとして動き始めた現実を嫌がおうにも付きつけられたようで。


2012年3月11日記)

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産業カウンセラーになりぬ

 3月9日。
 産業カウンセラー協会から白い封筒が届いた。

 あまりに薄い封筒で、しかも普通郵便なので、書籍の請求書かと思ったけれど、産業カウンセラーの試験結果は3月8日発送とのことだったので、この書簡はそれにちがいない。
 エレベーターの中で透かしてみたり悪あがき。
 合否は五分五分、とおもっていたので、やや重い気持ちで封を切る。

 「合格通知書」

 前回の講座の合否は、パウチされていて、速達で、文面が分かりにくかっただけに、あっさりした文面と簡素な送付、このギャップに首をかしげる。

 同じクラスのメンバーも、一人を除いて、皆、駄目だったかも、自信無いな~と言う気持ちで結果を待っていた模様。

 しかし!
この合格通知と共に、「産業カウンセラーとして当協会に登録されました」。
え?完了形?
と、日付けをみると、3月1日。
でも、受け取ったのは3月9日。
てことは、一週間以上前に合格して登録されているのに、悶々としてたってこと???

 結果を待つ間に、産業カウンセラーになっていた。
 知らないうちに、産業カウンセラーになっていた…。

  何だか、不思議な気持ち。
嬉しいはずだけど、喜びよりも、ようやく白黒ついて前に進め、ホッとした、というのがしっくりくるかもしれない。

2012年3月11日記 掲載は3月9日カレンダーに)

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学びの日々から実践へ

 アロマテラピーを学んだスクールのパートナーシップ認定講師試験の最終段階、「模擬講義」の発表が終了した!

 はっきり言って、きつかった。
あらかじめ提示された幾つかのテーマについてまとめ、当日指定されたテーマを講義する。何が当たるか分からないから、まんべんなく準備する必要があり、テーマによって、資料を作ったり、手作りの品を準備したり、あるいは、なにも見せるものがなければ、言葉でどのように表現するか、などなど悩む日々…。
 自分が講習を受けるとしたら、淡々と説明されても飽きてしまう。
なので、なるべくエピソードを取り入れたり、物を見せて視覚に訴えたり、受講生とのコミュニケーションをはかりたいな、と、授業の展開を構成したつもり。

 インターン生の視線を浴びての模擬講義、教室の後ろには採点する指導官。
 一応、人前で話す仕事はしてはいたのだけれど、緊張感は想像以上。始まる前から心拍数が上がり、声がちょっと震え、息が浅くなっているのが分かる。途中から少しペースが自分のものに戻ってきて、とりあえず時間内にまとめて終了。
 その場で、指導官の講評を頂く。
 何だか「スター誕生」みたい(古い…)。

 インターン生はそれぞれに工夫を凝らした講義を繰り広げ、オリジナルの資料や手作りのアロマグッズは見ていて楽しく参考になった。皆、それぞれのカラーが出ていて、頑張ってるな~、わたしももっと頑張らなきゃニャァ~、と励みになる。

 結果はともあれ、終了。
 かなりエネルギーを消耗したのか、二日ぐらい脱力状態…。

 思い返せば、1月22日の産業カウンセラー筆記試験の後、息つく間もなく突入した模擬講義の準備。時間はどんどん過ぎてゆくのに勉強がはかどらず自己嫌悪、気忙しさの中で迎えた2月5日のシャットダウン3年目は発表前夜、感慨にふける間もなく、本番に向け徹夜状態で授業の原稿を書いていた…。本当は、節目の日なので何か文章を書いて残したかったけれど、コラムどころか、日記すら書くどころじゃなくて…。
 もう、過去の思いをかみしめる日々は過ぎ、目の前に時と空間がどんどん広がっている、のだ。

 そんなわけで、学びは一段落。

  タイミング良く、カルチャーセンターで、「アロマテラピーのプロダクツ作り」と「コミュニケーション」の二つの講座を受け持つことが決まり、3月には体験講座を開くので、今日からはその準備に取り掛かった。

 節目の2月5日を超え、これからは実践の時期。

2012年2月9日記)




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福豆~幸せが飛んでくる

 門前仲町には、富岡八幡と深川不動尊の二大社寺があり、節分には、いずれも大々的に豆撒きを行う。
 たまたま散歩がてら富岡八幡に詣でたら、すごい人!
 裃姿の年女年男、タレントさん(あら、みのもんたも!)地元議員などが壇上で桝を抱え勢ぞろい、それを見上げるのは福豆を授かろうと紙袋やら帽子やらを構える老若男女。
 いつも自宅で豆撒きをするけれど、ニャンコ達が参加してくれるわけでもなし、今年は静かに節分を過ごそうかな、と思っていたのが、思いがけず勇壮な豆撒きを見物することに。

 そういえば、もう20年ぐらい前、千葉の成田山の豆撒きに行ったわが母は、飛んできた豆の袋をしっかとつかみ「とったぞおおおお~~~」と雄たけびをあげたとか。(しかしすごい確率…)

 そんな事を思い出していたら、なんと!
豆撒きを終えて帰って来た年男さんから、「ハイ」と、桝に残っていた福豆をひとつかみ頂いたのだ!

 にゃにゃ~~ん、縁起良い~!

 こっちこっち、頂戴、頂戴、と大騒ぎしなくても、福豆が向こうからやってきた。
頂いた福豆は大事に持ち帰り、一合桝にあけて、形だけ豆撒き。
年女・プラス・ワンの節分。
幸せが飛んでくる予感…。


2012年2月3日記)

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春を待つベランダ

 

 都内も今日(2月1日)は久しぶりに10度を超えたので、minako’s garden の様子を見にベランダに出てみた。
風は強いけれど、肌に触れる空気は柔らかい。ほぼ室温と同じよう。
 もしかしたら一週間ぐらい水やりをさぼった、かな。
鉢と土が離れるぐらいカラカラ状態。
ごめんねぇ、と声をかけながら、一鉢一鉢に水をかけてゆく。
 薔薇やゼラニウムは元気なく、特にゼラニウムは葉先がしおれて下を向いて、まさにしょんぼりしている状態…。一方で、オリーブやレモンは、からからでもそれなりにピン!としている。地中海の植物だから、乾燥には強いのかもしれない。

 部屋の中で越冬しているチビレモンは、部屋の暖かさで一足先に芽吹き、三枚目の若葉が育っている…。

 明日から数日冷え込んだ後、週末はまた10度位に寒さが緩むよう。
そしたら水をたっぷりあげるからね。

 ゆっくりゆっくり、春は近付いている。

2012年2月1日記)

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(1月16日撮影のチビレモン。現在は若葉がもっと育っている)

 

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にゃんこ三兄弟(三兄妹)

 そういえば、コラムタイトルが「心は日溜りの猫の如く」なのに、猫についてあまり書いていない。猫は日常で、ある意味暇ネタなので書かないまま時が過ぎてしまっている…。

 寒いので猫たちも暖をとるのに必死。
我が家の暖房はガス床暖房。
10
時~18時は切るので、夜や午前の早い時間は床に伸び~~っとしているニャン子たちも、午後は日当たりのいい猫棚(二段になった猫ケージの上に、古いウールの衣類などを広げて寛げるようにしたスペース)に移動しお昼寝。三匹なので真ん中が一番暖かい。しかも体重8キロの黒猫のお腹沿いがベストポジション。団子三兄弟は日常茶飯事、端っこの猫が無理やり二匹の間に割り込んでお供え餅状態、なんて状況もしょっちゅうで、観ていて飽きないニャンコショー。

 しかし、雪が降ったころから都心でも最低気温が氷点下になってきたので、日中用に防寒を、と、ニャンコのために古いウールのショールをソファに敷いてみた。
 ふと見ると、黒猫マルコがショールの上で寛いでいる。
その後、三毛猫ルナが、久々に、頭を下にしておにぎり状態の半眼開け寝。
夜も更ける頃には、三毛猫ステラも加わり、三匹が団子状態。私は座るスペースが無くなり、パソコンデスクへ…。

 三匹とも、保護猫。
この寒空の下、頑張っているニャンコ達の事を思うと心痛むけれど、全部の保護はとてもじゃないけれどできないから、私にできる範囲、この三匹に対しては、健やかに幸せに過ごせるよう、一緒に時を過ごしたいと思っている。

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2012年1月29日記)

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「私だけの香り」和の香り

「私だけの香り」を求めに、今年も銀座の鳩居堂へ。
年に一度開かれる「香りフェア」。

 桐箪笥や和の小物の香り付け用に調合してもらった香り。
防虫効果を高めるため、とリクエストしたほかは、好みのイメージを伝えて、あとは京都から来た作務衣姿の調香担当の人にお任せ。
 初回の香りが気にいり、毎年同じ香りをお願いしている。

 作りたては、それぞれの香りが主張し合って、かなり華やかだ。
それが一週間ぐらいすると馴染み、一月ほどで落ち着いてきて、時を経るごとに香りが混ざり合い、まろやかさを増す。夏が過ぎ一年経つ頃には防虫効果の成分は飛んでしまうが、ベースになる香りは残っているので、下駄箱やニャンコのトイレ回りなど匂いの気になるところに置いたり、二次利用している。

 可愛い柄の袋を選ぶのも楽しみの一つ。
いままでは、初回の袋を使いまわしていたのだけれど、今年は増量したので、にほひ袋も新たに購入。パステルカラーの色違いの兎は迷わず決め、これまでとはチョット違う大人っぽい色調の物もひとつ選んでみた。

 部屋には「私だけの香り」が満ちている…。

 香りを生業にする身としては、
アロマテラピーもリラックスやリフレッシュ効果があるけれど
古来からの和の香りは、「気持ち」を柔らかくほぐしてくれるように感じる。
しかもそれが「私だけの」「私のための」香りであれば、なおさら。

今夜はきっといい夢が見られる、そう思いつつ…。

2012年1月26日記)

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鳩居堂「香りフェア」
2012
年1月27日まで東京銀座4階催事場にて
鳩居堂HP
http://www.kyukyodo.co.jp/index.html

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鷽替え2012


 三年前から通い始めた亀戸天神の「鷽替え」。
雪が降って不浄が払われたかのような清涼な空気に包まれ、亀戸に。
これまで日暮れ時に参拝することが多かったので、眩しい陽射しも新鮮だけれど、なにやらごった返しているのが江戸時代にタイムスリップしたみたいで新鮮だ。お年寄りも多いけれど、カップルも多い。ん?嘘にしたいことがあるのかな…?

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 鷽替えは124日と25日に行われる年中行事。
去年は二日目の25日午後3時過ぎに訪れたので、すでにおおかたの鷽鳥は売切れ、懐中守りを頂いたのだ。
今年は出遅れまいと24日。
お目当ての一番小さいタイプ、初穂料600円の「1号鷽鳥」を頂く。

「一番大きいのは売切れなんだね~」と言う声に、ええ?と一覧を見あげたら、鷽鳥の一番大きなサイズ、10号には「売切申候」の張り紙! 
不景気なこの世の中、高いものから売り切れるなんて!

 この大きな鷽鳥を求める人ってどんな人なんだろう。
何となく、虚を実にする商売の人のような気がするけれど、、、違うかな?

 鷽鳥は、一体一体ご神職が手作りしているので、表情が微妙に違う。
私はいつもつぶらな瞳で見上げている鷽鳥を選ぶ。
鷽鳥は由来書にくるまれて授与される。この由来書には番号が記され、25日夕刻に天神様から授かる「金鷽」番号が当たった人には金鷽が授けられるのだそうだ。
(今年初めてリーフレットを読んで知りました…)

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 でも、選ばれたラッキーじゃなくても、この一年の色んな事を嘘=ポジティブに置き換えて、これからの一年、良くなかったことを踏み板として良い形で進んで行けたらそれで十分、と思う。


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 石灯篭の上にも雪が残り、去年は咲いていた梅もまだ蕾。
寒梅だけが数輪ほころんでいた。折よく天神囃子の笛太鼓…。

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 大太鼓橋の右隅は、社殿をスカイツリー込みでフレームに納めることが出来るベストポジション。今日はスカイツリーでも雪片づけをしたとか。

「今迄のあしきもうそとなり吉(よき)に鳥かへん」
 一年前よりも、嘘にして欲しい事が多い気もする。
ってことは、やっぱり歯車が回って活動が活発になってるから悪しき事も付随して起こるのよね、などと納得し、汚れは今日の雪と共に消し去って。

亀戸天神社HP
http://www.kameidotenjin.or.jp/events/monthly01.html

 


2011年2月24日記)

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雪の朝2012



 朝、カーテンを開けたら眩しい朝日と共に白銀が眼に入ってきた!

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青空に映える白い雪。
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センチほど積もっている模様…。
雪かきをしている人の姿も。


 雪国育ちなので、みぞれは嫌いだけれど白い雪は嬉しい。
雪が大気の塵を包み込んでくれるせいか、空気も清涼で、肌がピリッと引き締まる。

 そういえば、年齢の割には肌が綺麗、と言われることが多いが、おそらく東北暮らしの影響だと思う。日照時間が少なく、陽射しもあまり強くない、そして、冬の雪の保湿とピリッとした空気の収斂効果。―――これが東京だと、雪は降らず空っ風だけなので肌の乾燥が進んでしまうのだ。

 今回の雪は、日中の気温が上がらないため溶けにくそう。ザラメ状態になって残るかもしれない。普通の靴だと滑りやすそうだ。

 さて、空の青さと雪の白さのコントラストを楽しみながら、亀戸天神に鷽替えに行ってこよう!

2012年1月24日記)

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2012年ー辰年の年賀状


          
迎春

                  
2012年元旦

         
新たな年 穏やか 健やかでありますように

          
   ✾



 
旧年は 産業カウンセラー講座でカウンセリングを学びました
良き師の下 集った仲間と 変化に伴う様々な思いに向き合う中
これまでの経験が「いま」に繋がっていることにあらためて気付きました

 
バブル期に青森で社会人スタートし 
下北の取材などを通して
国策に頼らざるを得ない地域格差を目の当りにしたこと

 山形で 東北の豊かな自然の恵みを日々味わう一方
断ち難い“しがらみ”を体感したこと

 
外資系ニュース通信社で 
海外の視点から  経済・エネルギーを捉えたこと…

 
今後は これらの経験と アロマテラピー、カウンセリングを融合し
心が清々しくなるようなメンタルケアを深めたいと考えています
 


 
卯年生まれの私、軽やかに前進しながら
辰年、龍のようにゆっくりと上昇してゆきたい…

 
今年も宜しくお願い申し上げます 


                      
心は日溜りの猫の如く
                      
minako



2012年元旦)

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思いを込めて、ありがとう

 すでに日付けはまたいでるのだけれど、まだバタバタ今年のまとめを書いている私。まさに秋口からのねじの回転加速状況、収まらぬ感じ…。
 とりあえず、30日までに年賀状は出し終え(これは奇跡!いつも大晦日に書いてる!)主要なことは終えた、つもりでいたけれど…。
 今年は来年に向けての仕込みやら、受験!にむけてのあれこれやらがあり。
とりあえず紅白をみつつ仕込みは終えて、さんざん迷ったけどやっぱり新春は着物きたいのでその支度!もう老眼なので半襟つけが以前の二倍ぐらい時間がかかるし、とにかく細かい事が鬱陶しい…。

 でも、ジタバタしている私を、ふーーん、っていう感じで眺めている黒猫マルコや、全然お構いなしに床暖房に長~くなっている三毛猫双子のルナとステラ。

 そう、私だけが、年の瀬、あと数時間、と焦っている…。
とりあえず仕事をやっつけて、ゆく年くる年を観ながら「happy new year!!

スポーンとワインの栓を抜いたけど、ニャン子たちはどこ吹く風で、いつも通り。

 ちょっと贅沢なおつまみがある、いつも通りの夜。
 いつもの 黒猫サンマルコと、三毛猫双子のルナとステラ。

 一番の大晦日、と思う。

 2011年の年越し。
色々な思いが交錯しつつ
今ここで三匹の愛猫と穏やかに過ごせることに感謝しつつ。
チョット思いがこみ上げつつ…。

2011
年、ありがとうございました。

2011年12月31日記)

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深川の三の酉

 今年は三の酉まである。
 一の酉で、大鳥神社の可愛い熊手を頂き、お参りも済ませたのだが、日の高いうちだったので、お祭りの風情はいまひとつ。で、日が暮れてから三の酉にも詣でてみた。
 てらてらした明かりに大小の熊手がきらびやか。けっこうな人出で、富岡八幡には参拝客の行列。やっぱり夜の方が御祭りは賑やかだ。

 熊手を買う人は、屋台を決めている人が多いのだろう。
「今年もよろしく、後で来ますから」と、古い熊手を納める前に、売り子さんに声をかける人もいる。

 一の酉の112日に買ったのは、去年と同じ升付きの熊手。
 そしてそのあと、とんとん拍子に良い知らせが!

 今年は、去年より一歩前進。
 いままで止まっていた歯車がゆっくり動き始めている。小さな歯車の活動が活発になって、大きな歯車の速度がだんだん増しているのを感じている。

 いっそ御祝に参道で熊手を買っちゃおうかな、とも思ったけれど、すでに熊手が福を集めはじめてくれたのだから、この一年はチビ熊手に運を託し、来年、招き猫の熊手を買うと心に決めた。

 シャンシャンそーれ!シャンシャンそおーれ!
シャンシャンそれっそれっそれっ!

 手拍子に送られ、晴れやかな気持ちで、きらびやかな熊手を掲げ参道をゆく自分を想像しながら…。

20111126日記)

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産業カウンセラー~実技合格

 10月の初旬、(実質)実技試験があってから約1ヵ月。
1115日に一斉に投函します」とのお達しだったので、江東区は翌日の午後遅い時間に到着かな~、と3時ごろポストを覗きに行く。
あらら、速達。ってことは午前に着いてたのね。

 エレベーターの中で透かして見ても、今流行り?の、べりっとはがす葉書状の書簡なので良く分からない。
 部屋ではがしてみたら、長ったらしい文章で読んでも受かったかどうか一目で分からなかったけど、「免除申請番号 ++~」と大きく書いてあったので、合格!

 カウンセラーの実技試験ほど、合否が分からないものは無いと思う。
面談当日にならないと相手がどんな相談をするか分からないし、自分の調子の良し悪しもあるだろう。
 私は、聴く仕事はしていたけれど、なるべく前職のスキルにとらわれず、素直に相手に向き合い、話を聴き、相手の呼吸に合わせて、話しやすいように、話してもらえるよう心掛けた。たった10分の実技なので、深い話にまでは持ってゆけない。なので、とにかく、その時その人が話したいことは何か、話しやすい状況を、と。さらに、私の場合は、頭で状況を色々判断しがちなので、その時の雰囲気を大切にして、あまり頭で処理せずに気持ちで受け止めるよう心掛けてみた。

 「実技試験免除=実技合格」
とりあえず、その時の実技状況は悪くなかった、と言うことなのだと思う。

 でも、前回も書いたけれど、これは始まり。
同じカウンセリングは二度とない。
でもこれ、放送の仕事と似てる、と思う。
同じ生放送は二度とないから…。

 色んな事が繋がってゆく。
そして、これからの12年間が動き始めた予感。
兎年の、ノベッロ。

20111116日記)

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カウンセラー講座 終りは始まり

 1025日、産業カウンセラー講座が終了。

 この日は、総仕上げとして約50分のカウンセリングを実施。
面白いことに、50分ほど話すと、ある程度クライアントの気持ちが落ち着くと言うか、チョットした落とし所に行きつくようだ。それをカウンセラーは傾聴し、相手の気持ちの動きに沿って質問を投げかけたり、前進するためのステップを探ったりしてゆく。疲れた、と言う人もいたが、意外と疲れず、時間があっという間に経ってしまったと言うのが実感だ。ただ、相手の気持ちの深層まで至るには、まだまだ研鑽をつまなくてはいけないな、というのも痛感した。

 修了式では、名簿で筆頭のため、グループ代表として修了証を受け取ることに。
 多分、高校の部活で表彰されて以来の代表授与、チョット緊張。
けれど、先生、お約束の「名前読み間違い」連発で、チョット笑い。

 講座を申し込んだときは、まさか311の天災が起こるとは想像だにしていなかった。さらに、復興は長引くとは思ったけれど、原発被害が収束の目途もままならないとは。そんな中、初めて顔を合わせ、トレーニングのためとはいえ、実習の度に、互いの悩みをカウンセリングしあってきた仲間。否が応でもこの7ヶ月間でリレーションが出来、おそらく、カウンセリングで一番大切とされ、また、人間関係で一番重要な「ラ・ポール」(信頼)も知らず知らずに築けたのだろう。
 
 講座は終わったけれど、これからがそれぞれのカウンセラー修行の始まり。
 最後は、この講座で感じとった互いの印象を、一人一人に餞(はなむけ)として贈り合った。

私に贈られた言葉で圧倒的に多かったのは、『気配り・気遣い』。
そして、『知的・冷静』、『(アロマの)癒し』、という三つ。

 ある女性が、「こんな女になりたい、という目標が出来ました」と仰天発言!
こんな女お手本にしていいの~?と思いつつ、「貴女は良きパートナーもいるから私よりずっとイイ女になれるよ」と太鼓判を押して差し上げた(?!)

 打ち上げで恩師が、こんなことを言っていた。
「気配りが出来ないのはヤボ。でも、気配りを感じさせるのはもっとヤボ。江戸っ子にとって野暮と言われるのは馬鹿と言われるのと同じ。気配りと感じさせないように気を配るのが粋ってもんだ」

 うにゃにゃにゃ…。まだまだ修行が足らにゃ~い…。

 これからの目標は「粋に生きる」!



111025co


2011102725時記・出稿)

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学びの秋

 アロマテラピーを学んだ学校から、インターン受講の合格の知らせ。
10
4日、講習会に出席してきた。

 先月末の台風の最中、面接試験に同席した二人も無事合格で顔を合わせ、説明やら、ワークやらで、あっという間の4時間。目標も環境も色々だけれど、熱意だけは同じくアツい人の集まりで、パワーに押されたか、正直、ぐったり…。

 「聴講生ですが、冒頭では“先生”として紹介します。」

 にゃにゃ~~ん、これは教育実習よりも強烈かも。

 でも、確かに私自身も、数年前、アロマ基礎講座を受講した時、聴講生と思しき方を、いわゆる「助手さん」だと思い、アレコレ質問したものだった。そして!二人いた「助手さん」の一人は、命令形でモノを言う人だったので吃驚した事を思い出した。(その方は無事実習を合格したのかしら…)

 春から学んでいるカウンセラーの講座も佳境で、実は来週が実技の最終チェック。そちらに向けても気持ちをフラットに持っておきたい。

 そのあとすぐに始まるアロマテラピーのインターン講習。
ピヨピヨさんからの質問に向け、テキストを読み直し中…。

 思い返せば、いつもこの時期になると、歯車が新たに回り始めると言うか、ホントにやりたいことに向かって忙しさに拍車がかかる気がする。
 
 40後半、あらファイブにして 大学生より忙しそうな学びの秋。

201110月6日記)

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まさに野分の15号

 日付けが変わろうとする頃、暴風が収まり、秋虫の控えめな声が聞こえてきた。
 
 

 それにしてもすごかった。

 21日午後に関東地方を襲った台風15号。
 この日はアロマ関連の面接試験日だった。
午前はそれほど風雨も強くなかったので、早め到着で、面接も無事終了。
帰宅する途中、風雨が激しくなりアスファルトの道路が真っ白。でも、まだ傘がさせただけ幸いかもしれない。午後、部屋の中でも風が唸る音が響いていた。
 震災以来、猫的本能に従い、天気の悪い時は極力遠出を避けている。
東西線沿線なので、雨の影響をもろに受ける。
帰宅困難になるのは何としてでも避けたかったので、友人との午後の予定はキャンセルさせてもらい、早めの帰宅&自宅待機にしたのが幸いした。

 受験者の中には、遠方静岡から訪れた人もいたそうで、無事帰れたのかどうか…。

 前夜、何だか色々思うところあり、遅くまで考え事をして、何やら目が腫れたまま臨んだ面接。でも、面接官とのやり取りは噛み合っているように感じられたので、大丈夫かなぁ、多分大丈夫でしょう、うん、大丈夫、と自分に言い聞かせて、週末の結果待ち。

 ふと気付くと、仲秋に飾った薄が開いていた。

 野分。
ここから新たな季節に進んでゆく。

110921susuki




2011年9月2125時記)

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911の香り

 震災半年の911日。
思ったより暑くて湿気があるので、香を焚くことにした。
季節替わりのこの時期なので、甘い香りの沈香。
 246分に黙祷。

 そしてこの日は911。

 丁度十年前の夜、NHKを観ていたら映像が切り替わり、WTCに斜めに飛行機が突っ込み、え、何?と思った間もなく2機目も突っ込んで、これは有事だと直感した。
 丁度その日は親知らずを抜く手術、翌日は病欠するはずだったけれど、いても経ってもいられず出社して、マーケットの状況を報じたのだ。

 あれから十年。

 観るともなしにBSでセレモニーを観ているうち、気持ちが悪くなってチャンネルを切った。
 本当は、911がらみで、キッチリこのウェブコラムも書きたかったのだが、書きすすめなかった。書きたいことは沢山あるのだけれど、タイプできないのだ。
 きっとそんな思いの人が世界のここかしこにいるのだと思う。

 日中、これまで灯したキャンドルの残りを集めて、アロマエッセンスを加え911キャンドルを作ってみた。
 香りは、「メリッサ」。
 レモンバーム由来の香りで、はちみつのような甘い優しい香りがする。
精神的に落ち込んだり、親しい人が無くなって意気消沈している時に、とても効果のある香り。ただ、皮膚刺激が強いので、直接肌につけるより、間接的に香りを感じる方が有用だ。

 被災者の皆さんと、911に捧げる灯火は、
深夜を過ぎたいまもなお、メリッサの甘い香りを放ち、明々と灯っている。

201191125時記)

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ペンを捨てよ?

 母校でアロマの試験を受けてきた。
びっしり二時間記述の問題を解くのに頭と利き手をフル稼働。
終わった後は、右手がだるかった…。

 漢字を忘れてるね、と、友人と嘆きあう。

 このコラムなどおおよその文章はPC頼みなので、誤字脱字ないよう「パソコン大王」に漢字を出してもらっている形。唯一のこだわりとして、日記は手書き。三年前からは古い万年筆で綴っている。

 しかし!

 日付けまたぐ頃、日記をつけていたら、指が青く染まった。
ここ数日、万年筆のインク漏れが酷いなぁと思っていたのだが、何と、壊れていた!金の留め金が外れている…。
 何でこんな金が高騰してる時に壊れるのよ、と悪態をつきつつ、これって、私に対して、もうペンを置けってことなのかな、と穿ってみたりする。

 でもそれでもいいのかな。
この半年で、発信する役目を達成したような気もする。
ある意味、今月は、境目の月なのかもしれない。
 
 …などと、わりと本気で考えたりする自分が恐い。

2011年9月2日25時記)

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どぜうではなく狸でしょ

 組閣。

 正直、余り興味が無い。
 市井は、向かい来る台風でどのぐらい汚染された土壌が撒き散らされるかの方が心配。もう、色んな情報で東京での汚染が酷い事も分かってきてる。
 
 そんな中、ドジョウが出てきて宜しく、って言われても…。

 はっきり言って、どうでもいいので、早く、汚いものを一つのところにまとめてキッチリ管理する制度を固めて欲しい。それを受け入れる自治体は、現時点では当然皆無。それを考えれば、今後、ごみを排出するようなエネルギーは要らないってことにつながるのでは?けれど、豊かさを守りたい、経済を守りたいって言って、原発を勧めたと言う人が未だにいる。そういう人は、きまって、30年後にはこの世にはいない年齢だ。その人たちのために権益を守るのか、未来の子供たちのために、自然を守るのか。
 それをあなたは明言できますか?

 新しい首相になる人、何となく狸っぽい。
風体もそうだけれど、権謀術数に長けてる感じ。これからお手並み拝見だけれど、明日明後日に迫ってる台風が巻きあげる汚染土に恐々としている市井の温度を感じられるかどうかが勝負。出身の千葉も高濃度汚染地があちこちにあるのだから。

 書きたいことは沢山あるけれど、この二年間、折に触れ書いて疲れた、というのが正直なところ。若手議員に引き継ぐと言った菅さん、候補に70代がいたり、引き継いだ人が自らドジョウと名乗ったり、それを受け止める国民の気持ちになってちょうだい。発言した本人は自己を卑下して笑いを取ればいいけれど、ドジョウを首相にもつ国民の気持ち、分かります?
(これは、ドジョウ発言を褒め称え取り上げるマスコミも同様)…。
 米報道官同様、国民は冷笑し、やりすごすしか術が無い。

 今、は、とりあえずしょうがないのかな、と妥協しよう。
デモ、本心は、菅さんが明言した「若い息吹」に政権を託したい。
それは、世代交代だけではなく、これまでのしがらみや既得権益を断ち切った清涼な風を迎え入れたいがためだ。

 私は、5年後を待ちたいと思う。
この大震災や原発問題を目の当たりにした若者が、政治を志し、強靭なリーダーシップでこの国を立て直そうとしてくれると信じている。

 半年前までは草食系などと揶揄された若者たちだが、この半年の活動は目を見張るものがあった。私は認識を改めた。
 震災にまつわる体験は血となり肉となり、その人の哲学となってゆく。そして、バブルのころの政治家を追い抜いてゆくだろう。

 5年後の震災世代を応援したい。

2011年8月31日 26時記)

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亀戸天神献灯明-2011

 亀戸天神の例大祭・献灯明。
二年ぶりに御案内はがきを頂いたので、母と夕涼みがてら参拝した。
藤の花募金をきっかけにおととし参加。
夏の夜を静かに送る静かな祀りに魅了されて、今回も。

 おととしより灯明が多い気がする。
社殿では祭礼が行われていて、それを終えた皆さんが提灯を携えて新地池を取り巻くぼんぼりに灯火をともしてゆく。

 この日は社殿も解放されている。
母と玉串を捧げ、平安を祈願した。

 

鳥居を潜ってすぐの太鼓橋のてっぺんが、何故か灯明が少なくて寂しかったので、その頂に母と私の献灯明を括る。おととしは確か和蝋燭だったと思うけれど、今年はティーライトキャンドルになっていた。確かにこちらの方が安定感があるかも…、と思う横で、多分、町会の子供会かな、「紐が燃えてる!」「ねー、こっち、消えてるのがあるよー」など、かしましく、ほほえましい。

 おととしは風が無く暑かった。
今年は程よく風もあり、運よく蚊にもさされなかった。
ゆっくりと新地池のほとりを散策し、ゆらゆら揺れる池の水面の献灯明も堪能した。

「震災地の方が夏祭りをやっていて」
と、若い女性の声。
どうも、自分たちの企業?が、早々に夏祭りの自粛を決めたことを嘆いている模様。
「慰霊の意味でもやった方が良いと思ったんだけど、会社の方針で」
「主張すれば良かったのに」
「でもあの状況では主張しても」
「万が一ということも考えたんだと思うしね」
「人がたくさん集まっている時に何かあったらどうするの、って事もあるし」
「確かに、帰れなくなったりしたら大変だしね」

 ほんと、花見の時期は自粛ムードたけなわだったし、何となく世紀末みたいな雰囲気も漂っていた。都心部では、震災後早々、祀りの縮小や中止を決めたところが多い。

「こうして参加してみると、やっぱりやった方がよかったよね」

 今、間もなく半年を迎えようとして、色々不安はあるけれど、気持ちはやや平常に戻りつつある。
一方で、このまま何事もなく、と願いつつ、何事もないわけはない、とも思っている。
そんな精神的なアンバランスが、おそらく10年単位で続くのだろうな、と感じる。厳しい精神状態と長く付き合わなくてはいけないのだ…。

 灯火だけの静かな祭り、献灯明。
二回目の参加にして、その本来の意味を味わえたような気がした。

*写真は後日アップ予定

2011年8月26日午前2時記)

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アロマでメンタルヘルスケア

 今期学んでいるカウンセリング講座の、メンタルヘルスケアの授業で、ストレス解消の一例としてアロマも項目として取り上げられ、ほおー、市民権を得ているのだなぁと実感した。
 講座の後、ラベンダーの精油をティッシュに含ませて回してくれたのは素晴らしい!けれど、解説なしだったので興味ある人だけ香りを楽しんで、と言う感じのようで…。私は後ろに座っていたので、途中でティッシュは不明になってしまい回ってこなかったのはちょっと残念…。

 アロマは香りなので、書物の上で「精神的にも身体的にも効用あり…」などと記されていても、体感できなければその良さが分からない。
 せっかくなので、ラベンダーのみならず多種あるメンタルケア向けの精油を、向上心あふれるクラスメートに紹介しようと、カウンセリング講座のお昼休みを利用して、ミニ・アロマ講習を自主企画してみた。

 ムエットに香りを含ませて、簡単なエピソードを紹介しながらテイスティング。 カウンセラーを目指す皆さんなので、目がきらきら。初めての香りには興味津津。一般の講座よりも、質問も多種多様なので、忙しい。(これに対応するのが今後の私の課題、かな…)

 そして、好みの香りでバスソルト作り。
「え、何種類も使っていいの?」の声もあり、大はしゃぎで色々ブレンド。
日常生活で、プロじゃない人がアロマ精油を買うとしたら、好きな香りを1~2種しか買わないだろう。今回、あえて珍しい香りを数種類リストに加えたので、皆さん「ブレンド」が新鮮だった模様。

 残り香漂う教室では、午後の授業もいつものまったり感が払拭され、いい感じの「やる気」が満ちている気がしたのでした。

2011年8月25日記)

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終戦記念日に思うこと

 酷暑の東京で、815日を迎えた。
正午、洗い物の手を止めて、一分間の黙祷。

 今年4月から何回目の黙祷なのだろうか。

 いつもなら、平和や戦争のない世界への誓いを新たにする節目だけれど、今年は大震災への復興と共に、ある意味、核エネルギー縮小への願いも込めた人も多かったかと思われる。

 「頑張れ日本」と、戦後の復興と同じように語られていたのは、震災1カ月ぐらいまでのことだったろうか。その後、都心は日常を取り戻せたし、被害が少なくインフラが回復できた地方都市も徐々に復旧してはきた…。スローガンは「頑張れ」から「カンバロウ」になった。でも、日常を取り戻せない人々もいる。ガンバりたくとも何ともできない…。一律に復興できないのが現状なのだ。

 戦後の復興と異なるのは、誰がどう見ても、この「地域差・温度差」なのだと思う。

 未だに戦後復興と同じように語られがちだが、戦後、日本全土が「もう戦争は起こさない」「平和な中、ゼロからまた日本を起こそう」「以前のようにアジアナンバーワンを取り戻そう」、と裸一貫から一念発起した戦後とは、個々の感情も取り巻く海外事情も違う。

 なにより、日本全土が、エネルギー政策を見直そう、と一丸になれない。
豊かな生活を捨てられない、経済は何よりも(人よりも?)優先すべき、と言う人もいる。
価値観が多様化している中で起こった震災、そして復興。
なので、戦後と同じように、国民一律には括れない。

 私は、かねてからこのコラムでも記しているように、日本が経済でナンバーワンになるより、子供たちが豊かに暮らせる日本であって欲しい。
 豊かな自然の下で、美味しい水を飲み、美味しいお米を食み、美しい花を愛で、大地を駆け巡り、木立の下で憩う、古来からの日本の精神を全うするような土壌を維持したい。これは、おそらく、戦争が終わった後、多くの国民が願ったことだと思う
 そして、高度成長期に、徐々に失われて行った精神だと思う。

 これからの豊かさは、今までの豊かさ・貧しさの秤でははかれない。
戦後の豊かさと、今後の豊かさはイコールではないような気がする。
 そして、これが重要なのだが、今後の豊かさを決めるのは、10年後、20年後、30年後…。もっといえば、今の子供たちのそのまた子供たちだ。
 だから、今、子供たちを守りたい。

 もしかしたら、今がその軌道修正の最後のチャンスなのかもしれない。
だからこそ、経済より、子供たちのために、未来のために、日本を…。
そんな思いで、この拙いコラムを綴ってゆく。

2011年8月16日2時出稿)

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東北の祭り2011

 震災5ヵ月目。

 黙祷の前に、少し甘い香りの松栄堂の香を焚いた。
まだそのバニラのような香りが漂っている。

 湿度の高い日本の夏は、香が合う。
夏でも夜は冷え込み湿度が低い欧州でアロマテラピーが、高温多湿のインドや東南アジア中心に香が発達したのは、土地の気候風土にかなっていると思う。

 新盆を迎える人が多いかと思う。
まだ悲しみはいえないと思うけれど、涙に暮れていた時期は、幸い、過ぎているのではないだろうか。故人の下に集う人たちと、楽しかった思い出を沢山語れば、故人も雲の上で微笑みながら耳をかたむけるに違いない。

 私は東北の祭りが好きだ。

 普段は寡黙で働き者の東北人が、人が変わったようにエネルギーを爆発させる、その迫力に圧倒される。逆に、日々黙々と就労しているのは、この日のためなのかもしれない。それは誰にも抑えることは出来ない、東北の人が蓄えている精神力なのだ。
 規模は縮小されても、祭りや花火が執り行えて本当に良かったと心から思う。

 今年はまだ哀しさの方が先に立つかもしれないけれど、来年の夏、去年は大変だったよね、と笑いながら、ちょっと涙も流しながら、祭りの明かりや花火を一つ乗り越えた気持ちで眺められることを心から願っている。

2011年8月11日記)

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酷暑の深川・夕涼み猫

 東京に再び酷暑が戻ってきた。
幸い、西側の部屋は比較的しのぎやすいうえ、ベランダと玄関周りの通路にうち水をすると、それなりに気温が下がるらしく、ニャン子たちも心地よさげにシエスタ…。

 陽射しが若干弱まる4時ごろから、お散歩がてら買い物に。

 マンションに引っ越す前の深川・下町の路地裏アパートが何となく懐かしく、以前住んでいた界隈を散策してみた。
このあたりは、古くから住む人が多く、ほとんどが顔なじみ。
昭和40年代、いえ、もっと以前かもしれない、間借りのアパートも結構沢山ある。イメージ的に暑苦しそうだし、当時より今の東京は気温が数度上昇しているから、暑いことは間違いない。けれど、昭和の時代の建築なので、玄関を開放して各部屋の窓を開ければ風が抜けるように設計してある。国民的に節電モードの現在では、かえって風通しが良くてエコかもしれない。

 かつて住んでいた住まいのある路地へ。
アパートの向かいの一軒家が忽然と消えていて、更地が広がっていた。
間口の広い平屋建てで、夏場は玄関の戸が半分ぐらい開いていたので、広いたたきが伺えた。たまに、ランニング姿の御老人の新聞を読む後姿が見えていたけれど…。

 

バブル期、このあたりは超高値で取引されたらしい。
でも、頑固な江戸っ子が多いこの地区は、意地でも土地を売らなかったようで、当時建設されたマンションも、いびつな形で民家が食い込んでいることが多い。
それが、世代交代の時期ぐらいから、ぼちぼち更地になったり、デザイナー建築の一戸建てになったり。

 御老人はどうされたか…と、意外に広い更地の青紫蘇を眺めて思いをはせた。

 路地の角を曲がる。
下町には珍しく庭のあるお宅(多分駐車場を庭にしたようだ)を覗いたら、にゃにゃ~ん!ニャンコが二匹、夕涼みしてる!!
 このお宅は猫好きで、当時は野良チャンにご飯をあげていた。
 片やお隣りの老夫婦は猫嫌いらしく、猫よけの網を張り、絵にかいたような猫バトルを繰り広げていた。(ちなみにお嫁さんは猫好き…)
 敷地内で寛いでいる茶トラのニャンコは、私が住んでいた当時の野良チャンにそっくりなので、おそらく末裔。ちゃんと首輪をしていて、しかも、ネームタグと鈴も付けてもらって、大事にされている模様。陽も高いこの時間に、伏せのポーズで寛いでいられるのも、守られている安心感があるからこそ。
 

 良かったにゃん~!

10
年前のいろんな思いを交錯しつつ、深川・下町そぞろ歩き。

2011年8月8日記)

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アナログ終了ー地方局の正念場

 2011724日正午。
NHK
、民放、ケーブル局に至るまで、一斉に、青い画面(テレビ本来の色)に「アナログ放送は終了しました」のテロップ文字を載せた告知画面に切り替わった。
 そして、深夜1158分。
NHK
から日テレにチャンネルを切り替えたら、何やら昭和を感じさせる懐かしいアニメーションの放送終了画面に、これまた昔のアナウンサーっぽい、抑揚を抑えたナレーション「~~長い間ありがとうございました」が流れ、砂の嵐に。

アナログ放送からデジタル放送へ。


 これからは、地方にもキー局の番組が降ってくる。

 ビジネスモデルの崩壊、コストカットの下、ジャーナリズムの志を高く掲げて良質の報道番組を作っていけるか、現状を取り上げつつ、未来志向の情報を発信できるか。勿論、地域への温かなまなざしは欠かせないが、愛されるチャンネル、というだけでは企業として生き残っていけないだろう。

 統合や支局化も避けることは出来ないかもしれない。

 必要なのは、危機管理が出来る経営陣と、理系、文系のバランスが取れた思考で世の中の動きを読める、知性とセンスを併せ持つ人材だ。

 10年後、生き残っているために、これからが地方局の正念場と言えよう。

2011年7月25日記 午前2時出稿)

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サハラガラスの展示会

 秋を思わせるような乾いた風。
きょうは午後から友人のガラス作家の展示会に。
少しひんやりする風をイメージして、ペパーミント色に薄い紫の縞が入った博多の八寸夏帯をお太鼓にして綿麻の浴衣に締めてみた。

 山形時代、尾花沢のガラス工房の吹きガラス教室に毎週通っていた。
そこで助手をしていたのが村山耕二さん。二年ほどで独立し、秋保温泉郷に工房「海馬」を設けて十数年になる。今回の大地震で被害が心配だったが、案内状が届いたので、近況報告がてら会場の「赤坂・遊ギャラリー」へ。

 村山さんのガラスは、世界各地の砂から生まれる。
サハラ砂漠の砂から作ったサハラガラスは、灼熱の砂漠からは想像できない透明感と陰影を併せ持つ緑色。私のセラピールームにもいくつかの作品をオブジェとして飾っているが、ガラスなのに冷たさを感じず、むしろ暖かさと柔らかさを醸し出して、眺めていると穏やかな気持ちになる。

 今回は、大震災で作品の多くが割れてしまったため、6月から窯に火を入れ、猛暑の中で作品に取り組んだそう。ギャラリーには光の屈折が何とも言えないニュアンスを醸し出すもの、ワインが進みそうな繊細なグラスなどが並んでいた。

 宮城県の沿岸部は、大津波で壊滅的な被害を受けたところが多いが、その砂をもとにしたガラス制作に向け、現在、東北大学の専門家と共に取り組んでいるという。砂と、その地域とを結んで、何か発信できないか、と考えているそうだ。

 工房自体も地震で一部損傷したし、作品も大方割れてしまったけれど、未来に向けて創作活動に勤しむ村山さん。丁度、震災の日は、東京から弟子入り志願してきた人と面談していたそうで、「何かそういう縁があったのかなぁ」と語っていた。

「みんなが幸せになるような仕事をしていきたいよね」
ホント、その通り。
 いつもは最新作を「自分への御褒美」&「売上貢献」で購入するのだけれど、今年は残念ながら観るだけ。来年は、美しい光のオブジェをコレクションに加えられるよう、私も生業をしっかり進めて行かなくちゃ。

2011年7月23日記)
村山耕二さんのガラス展「砂の雫」
7月23日~30
赤坂東急プラザ2階「ギャラリー遊」
http://www.akasakayugallery.com/saiji/20110723/index.php

 



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